灰色の城にて






ドイツ・チューリンゲン州にあるハインシュタイン城という城に行き、そこにいる者たちの様子を観察し、彼等について どう感じたか、率直な意見を聞かせてほしい。
それが、知恵と戦いの女神アテナにして、グラード財団総帥でもある城戸沙織からの依頼の内容だった。

城戸沙織が女神アテナであること、今 彼女の命を狙って矢継ぎ早に襲撃してくる者たちが 聖域の教皇に差し向けられた者たちであることが判明し、緊迫した日々を過ごしている今。
殺生谷で命を落としたと思われた一輝の生存がわかり、こちら側の戦力が増したばかりとはいえ。
瞬は アテナの側を離れることに躊躇を覚えないわけにはいかなかった。
瞬は、アテナを守るために戦う アテナの聖闘士なのである。
アテナの聖闘士であるがゆえに、瞬は アテナの依頼(?)を、快く引き受けることはできなかった。

そもそも ハインシュタイン城というのは、何なのか。
名を聞いたことすらない城である。
いったい それは誰の城なのか。
その城には、敵がいるのか、味方がいるのか。
あるいは、敵がいるのか味方がいるのかが わからないから、沙織は 瞬に そこに行ってほしいと言うのか。
彼女の身が危険にさらされている今、この時に。

『今 行ってほしい』と 沙織が言うからには、今この時、この危急存亡の秋に、瞬は その城に行かなければならないのだろう。
彼女は、伊達や酔狂で そんなことを言い出す人間――神――ではない。
それは必要なことなのだ。
瞬は、彼女の要請を 断固として拒むことはできなかった。

「それは、女神アテナとしての ご命令ですか? グラード財団総帥としての指示? それとも、沙織さん個人の必要によるものなのでしょうか」
その どれであっても、自分はハインシュタイン城に行くしかないのだろうと、瞬は考えていた。
そして、沙織の期待に応える仕事をするには、自分がどんな立場の人間として そこに派遣されるのかを確かめ、自覚している必要がある。
それによって、“観察”の視点も違ってくるのだ。

瞬の質問に、沙織は、暫時 考え込む素振りを見せた。
瞬に頼む仕事が 女神の領域に属することなのか、人間社会における彼女の地位、身分、責任に関わることなのか、あるいは プライベートの問題なのか、彼女自身、すっぱりと分けることができていないらしい。
沙織の返答は、
「あなたの身内としての懸念――と言いたいところなのだけど、女神アテナとしての命令と言った方が、あなたは動きやすいのかしら?」
という、少々 曖昧なものだった。

「何であっても、お言葉には従いますが、どんなふうに“率直な”意見を お求めなのかと思ったので……」
瞬のその言葉を聞いた沙織が 短く吹き出したのは、瞬の答えが おかしかったからではなく、瞬たち五人が おかしかったから――だったらしい。
瞬と、この場に呼ばれていない瞬の仲間たち――が。
「あなたは、自分の責務を正確に理解し、確実に100パーセントか それ以上の成果を得ようとする。星矢や氷河が あなたくらいの正確さと確実性を期待できる聖闘士だったなら、さぞかし――」
「僕は、コンスタントに80パーセントの成果をあげることしかできませんが、星矢たちは 時に 200パーセントの成果をあげますから」
「ええ、そうね。あなたたちは五人一緒でいる時に、最も大きな成果をあげてくれるわ」
言いながら、沙織は“破顔”を、徐々に“微笑”に戻していった。

「アテナとして、あなた方の前に立っている時にも、私はいつも公私混同しているでしょう? 今回も、いつもの乗りよ」
沙織はそう言って、結局、瞬に明確な“視点”を示してはくれなかった。
いつも通りの公私混同――などと 曖昧なことを言うが、沙織は、基本的に無駄なことはしない女性である。
ハインシュタイン城へは、それなりの緊張感をもって向かう必要があるだろうと、瞬は自身に活を入れた。

“先入観は持たない方がいいのだけれど、予備知識として”沙織が瞬に与えてくれた情報は、
「ハインシュタイン城には、ハインシュタイン家の当主である弟君と、その弟君に かしずくように仕えている姉君がいるはずよ」
ということだけだった。






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