1月1日は 城戸邸に全員集合(一輝は来なかったが、それは いつものことである)。 沙織への新年の挨拶や仲間内での挨拶のみならず、おせち大会も お屠蘇大会も、元日に 城戸邸で済ませた。 にもかかわらず、それから2日と経たない1月3日に、星矢と紫龍が 氷河と瞬の家にやってきたのは、元日に集合した際、彼等が 瞬から とある耳寄り情報を得ていたからだった。 すなわち、『今年 氷河と瞬の家には、ナターシャの熱烈なリクエストによって、城戸邸には存在しない 冬のお楽しみ物件が登場した』という興味深い話を。 だから、星矢は、1月3日、瞬に指定された西洋菓子店で(1月3日が その店の初売り日だった)瞬に指定されたケーキを人数分 購入し、当然のごとくに紫龍を引きつれて、瞬と氷河とナターシャ家に やってきたのだった。 「よっ、ナターシャ。日本の伝統文化を堪能しに来てやったぜ」 「星矢ちゃん! 紫龍おじちゃん! いらっしゃいませダヨ!」 一方、星矢たちを迎える側のナターシャは、今日、星矢と紫龍が お正月ケーキを持って遊びに来てくれると聞き、二人の来訪を心待ちにしていた。 突撃するような勢いで玄関に駆けていったナターシャは、その勢いを保ったまま勢いよく、二人のお客様のためにドアを開けた。 お招きも お出掛けも大好きなナターシャは、お客様を迎えて おもてなしするのも、お客様になって おもてなしされるのも大好き。 ナターシャは満面の笑みで、パパとマーマの仲間たちを出迎えたのである。 元日に城戸邸に行った時は振袖だったが、今日は ナターシャは、白いレースの襟がついたオレンジ色のカシミヤのセーターと、アイボリーのフレアスカート。そして、髪には赤いリボンと、全体的に明るく決めていた。 ケーキの箱を、ナターシャに少し遅れてやってきた瞬に渡してから、星矢が、ナターシャの髪のリボンを指で突つく。 「このリボン、デイゴの花か?」 「ウン。このお花、沖縄のお花なんでショ。マーマが教えてくれたヨ」 星矢は、ハーデスとの戦いで負った傷の療養のために、聖戦後ずっと沖縄にいた。 そして、デイゴは、沖縄の県花であり、日本では沖縄でしか咲かない。 『この花のリボンなら、きっと星矢も気付くよ』とマーマに言われて、ナターシャは このリボンを選んだのだ。 マーマが言っていた通り、女の子の おめかしになど、いつもなら気付きもしない星矢が、赤い南国の花に目を留めてくれた。 「ナターシャは 元気で 表情が明いから、デイゴの花の赤に負けてないな。似合ってるぞ」 「ウフフ」 星矢の その言葉に、ナターシャは大満足。 星矢は、女の子の ちょっとした おしゃれに必ず気付いて褒めてくれるマーマや紫龍とは違う。 星矢に アクセサリーの存在を気付かせ、褒められることは、実に“大したこと”なのだった。 そして、本日のメインイベント。 「星矢ちゃん、こっちダヨ!」 ナターシャに手を引かれて 連れていかれたリビングルームに、日本が世界に誇る伝統文化の神々しくも堂々たる御姿を発見して、星矢は歓声をあげた。 「おおーっ、ほんとにコタツだーっ !! 」 これまでローテーブルをハイバックソファが囲むレイアウトだった 氷河と瞬の家のリビングルームが、長方形の炬燵をローソファが囲む形に変わっている。 「これが、どれほど勤勉な人間も、いともたやすく堕落させてしまうという悪魔の発明品か」 感動して はしゃいでいる星矢の横で、紫龍は、身構えるような目つきで、それを見詰めることになった。 生粋の日本人でありながら、星矢と紫龍は、炬燵というものに これまで縁がなかった。 それは、瞬も、生粋の日本人でない氷河も同じ。 城戸邸は 完全に洋館で和室がなく、冷暖房はエアコンで行なっていた。 氷河はシベリア育ち。実物はもちろん、炬燵という言葉をすら、日本に来て初めて知った。 そして、瞬たちが育った養護施設では、少人数の人間しか温まることのできない(つまりは極めて非効率な)炬燵などという家庭的な暖房器具は存在すること自体が許されなかったのだ。 もっとも、今年 瞬たちがこの日本が世界に誇る悪魔の発明品を購入したのは、堕落したいからでも、非効率という贅沢を試してみるためでもなく、 「ナターシャちゃんが、おこたで おみかんを食べたいって言うから」 だったのだが。 「おみかんは、おこたで食べるのが、いちばんおいしいんダヨ。お雑煮も お正月ケーキも おこたで食べるのがいいヨ」 「鍋も炬燵でやるのがいいよなー」 瞬に促された星矢と紫龍が、少し緊張した面持ちで炬燵に着席(?)する。 なにしろ初めての炬燵体験なので、彼等は自分の足をどうすべきかを悩んでいたようだったが、やがて ほどよい距離感を保てる場所を見付けて、そこに自分の足を落ち着けることができたようだった(すべては、誰の目にも触れない炬燵の中で行なわれた)。 「頭寒足熱。勉強にも作業にも適したコンディションのはずだが、なぜか 快適すぎて 動きたくなくなる温もりだな」 紫龍のコメントに、瞬が頷く。 「最初は 床を高くして、掘り炬燵にしようと思ってたんだけど、ナターシャちゃんが 猫が丸くなれる炬燵がいいっていうから、オーソドックスな置き炬燵にしたんだ」 「掘り炬燵じゃ、猫が潜り込む炬燵じゃなく、落っこちる炬燵になっちまうもんな。へたすると、ナターシャも落ちる」 星矢の言う通りだった。 飼っていない猫より、ナターシャの身の安全を考えた結果の置き炬燵なのだ。 「冬物家具のショールームで買ってきたんだけどね。洋間炬燵って、意外に流行ってるらしくて、炬燵用のいろんなタイプの椅子やソファなんかもあって、あれこれ眺めて 選ぶだけでも楽しかったよ。炬燵用サイドテーブルだの、炬燵で うたたねするための枕だのが、堕落推進アイテムとして売られてた。一度 炬燵に はまったら、出なくていいようにするツールなんだって」 「どうせなら、炬燵と一緒に猫も売ってくれればいいのにな」 「さすがに猫は売ってなかったけど、猫用の炬燵はあったよ」 「猫用の炬燵 !? 」 星矢が目を丸くする。 炬燵選びに出掛けていったショールームで、自分も同じ反応を示したことを思い出し、瞬は苦笑した。 日本人が酔狂なのか、日本における猫の地位が人間様並みに高いのか、猫用炬燵は1匹用、2匹用、正方形タイプ、長方形タイプ、円形タイプと、10種類は展示されていたのだ。 その話を聞かされた星矢が、既に丸くしていた目を更に更に丸くする。 「でも、猫はネズミの天敵だろ。今年はネズミ年なのに、それでも そんなの売ってんだー」 「今年はネズミさんの年なの? 猫はネズミの敵なの?」 星矢の疑念は、大人にとっては自然かつ当然のものだったが、ナターシャにとっては そうではなかったらしい。 それはそうである。 ナターシャは、猫がネズミを掴まえる場面など見たこともないのだ。 |