バビロニア滞在中の宿は、神殿でも王宮でも市井の安宿でも構わなかった。
探られたくない腹のある神官長が、アテナの聖闘士を喜んで神殿の中に招き入れるとは思えなかったし、バビロニアの王にとっても、氷河は 王を排除しようと躍起になっているバビロニア神殿と親密な(ということになっている)聖域の使者であり、やはり王宮には招き入れたくないだろう。
十中八九、自分は バビロンの町の中に宿を求めることになるに違いないと思っていたのに、バビロニア国王は、氷河を王宮の中に招き入れてくれたのである。
それも、聖域(敵)の腹を探るためではなく、どうやら、聖域のアテナを尊敬しているから――という理由で。

バビロニアの神官たちの懸命の努力にもかかわらず、どうあっても死なないバビロニアの王は、極めて婉曲的に美しい言葉による表現ではなく、極めて直截的で率直な言葉で、聖域のアテナへの尊敬を口にした。
「聖域のアテナは、戦いの女神なのに、戦いを好まれない女神。察するに アテナは、何が人を幸福にし、何が人の心と生活を豊かにするのかを わかっていらっしゃる、優しく気高い お心の持ち主なのでしょう。本当に素晴らしいことです」
と、まるでアテナその人に会えたかのように嬉しそうに瞳を輝かせて 氷河を見詰めるバビロニア国王は、一見した限りでは、確かに“大人しそうな子供”だった。
バビロニアの神官たちが、『これなら たやすく操ることができるだろう』と考えて王位に就くことを許すような大人しそうな子供、である。

十代半ば。
どんな暴れ馬からも振り落とされないというので、馬の扱いに長けた屈強な兵士を想像していたのが、それは全くの見当違い。
バビロニア国王の姿を、あえて何かに たとえるのなら、それは春の野に咲く可憐な白い花だった。
事前にどんな情報も与えられていなかったなら、氷河は彼(?)を、普通に絶世の美少女と思い込んでいただろう。
神に選ばれたバビロニア国王とだけ知らされていたなら、バビロニアの神は この美少女の清らかな美しさを愛したに違いないと、氷河は疑いもなく信じていただろう。
氷河が実際に出会ったバビロニア国王は、平たく言えば、清楚な花のような美少女(のような美少年)だった。

思う通りに操れないから、この美少女を殺してしまおうとすることのできるバビロニアの神官たちの思考と価値観が 理解できない。
これほど美しい面差し、澄んで清らかな瞳を持ち、優しく温かい笑みをたたえる美少女(少年)を この地上世界から消し去ってしまおうなどと、どうすれば そんな勿体ないことをしようと考えることができるのか。
氷河は、その姿を一目見ただけで、バビロニア王の味方になってしまった。

それは一瞬の、直感的判断だったのだが、氷河は 自身のその判断が誤っているとは 毫も思わなかった。
見た目の――姿の造形が美しいだけでなく、バビロニア王の身辺を取り巻く空気は 清浄そのもので、バビロニアの神官たちの どんより濁ったそれとは、まさに清流と汚泥ほどの違いがあったのだ。
美しすぎ、清らかすぎるから 信じられない――何か裏があるに違いないと疑うような俗っぽい賢さは、氷河には縁のないものだった。

バビロニアの清らかで優しげな王の名は瞬といった。






【next】