瞬が、アテナ神殿の奥にある図書室にこもって、古代ギリシャ語で著わされた羊皮紙やパピルスの古い書物を読み漁り始めたのは、“自分が誰かのものになる”以外の ハーデス撃退方法を探し当てるため――のようだった。 それは 星矢たちには想定外の展開だったのだが、瞬は資料漁りに疲れると、気晴らしのために氷河を誘って聖域の外に散策に出たり、逆にアテナイの町の図書館にまで 氷河同道で資料探しに出掛けるようになったりしたので、結果的に 氷河と瞬が一緒にいる時間は以前より長くなったのである。 それは星矢たちには、結果オーライ。 想定外ではあったが、悪くはない展開だった。 むしろ、神の恩寵目当てと思われないために、氷河が意図的に瞬との間に一定の距離を置くようになったことの方が、星矢たちには好ましくない事象だったのである。 かといって、『瞬を手に入れた人間は、地上世界の帝王になれるという噂は、いつまでも煮え切らない おまえを何とかするために、俺たちが流布したフェイクニュースだった』と、本当のことを氷河に知らせれば、怒り心頭に発した氷河は お節介な仲間たちを抹殺してしまうだろう。 そして、事態は元の宙ぶらりん状態に戻るだろう。 仲間のためを思って始めたことでも、嘘 偽りは結局 その人間の首を絞めるもの。 今更 本当のことを白状するわけにもいかず、以前にも増して ぎこちなく中途半端な距離を置くようになってしまった二人に、星矢と紫龍は引くに引けない手詰まり状態に陥ってしまったのである。 星矢と紫龍は引くに引けず、だが もちろん進むもならず、氷河と瞬は にっちもさっちもいかない八方塞がりの行き詰まり。 『これを膠着状態と言わずして、何を膠着状態と言うのか』というほど 見事な膠着状態を、大きく揺るがしたのは、瞬の数粒の涙だった。 その日、瞬は、一度読んだ書物を再読し、その内容を頭の中に叩き込み、『誰もいないところに行きたい』と言って、処女宮にある沙羅双樹の園に 氷河を誘ったのだそうだった。 処女宮の沙羅双樹の園は 常に春の気候。甘い香りを漂わせて、白い花が咲き乱れている。 その園で過ごすこと半刻。 その間、二人の間に何が起こったのかは わからないが、その半刻後、処女宮から飛び出てきた瞬の衣類は乱れ、瞳からは涙の粒が零れ落ち――星矢と紫龍が そんな瞬に出会った次の瞬間、 「瞬! 待ってくれ!」 瞬を追いかけて、その場に氷河が登場したのである。 この状況をどう判断しろというのか。 『馬鹿げた争奪戦が始まる前に、さっさと身を固めろ』と瞬を煽っていた自分を棚に上げ、 「氷河、貴様、瞬に何をしたーっ !! 」 と叫ぶなり、問答無用で渾身の流星拳をかました星矢に 非はあるのか。 彼は責められるべきか。 責められるとしたら、何の罪で? 加害者は誰で、被害者は誰か。 罪人は誰で、悪人は誰で、罪を贖うべき人間は誰なのか。 多くの事柄が濃い霧の中だったが、 「氷河! 氷河、大丈夫っ !? 星矢、急に何するのっ」 氷河に乱暴を働かれたと思われる瞬が、瞬に乱暴を働いたと思われる氷河を責めることなく、その身を案じ、むしろ 瞬のための義憤に突き動かされて氷河を殴り飛ばした星矢を咎め始めたことは、紛れもない事実だった。 |