新しいカフェの偵察は大成功。
スフレは美味しかったし、お茶の種類も充実していた。
子供の世界の恋愛事情を知って安心することもできたので、それは 氷河にも 概ね満足できるティータイムだった。
運動をし、栄養を取ったら、あとは休息(= お昼寝)である。
瞬たちは、表通りではなく、公園の けやき広場を貫く ふれあいの径を通って、家に帰ることにした。

間違いなく、1年で最も寒い時季。
だが、だからこそ、すぐ そこにやってきている春の気配に敏感になる時季でもある。
もう少ししたら、公園の北側にある梅林に、梅の蕾の具合いを確かめに行こう。
そんな話をしながら、広い遊歩道を 手を繋いで歩いていた瞬たちの前を、中学生らしい四人のグループが 賑やかに騒ぎながら歩いていた。

男子が三人。
その三人の少し後ろを、1メートル以上2メートル未満という 実に微妙な距離を置いて、一人の女の子が歩いている。
受験生の緊張感も、進路が決まった三年生独特の解放感も 漂わせていないので、おそらく1年生か2年生。
全員が管楽器が入っているのだろうケースを持っているので、十中八九 部活の休日練習の帰りと思われた。

「それで、打西。おまえ、結局、昨日は津島からチョコは もらえたのかよ?」
突然 後ろを振り向いて、友人(?)の一人に話を振ったのは、三人の男子の中で いちばん背の低い男子だった。
話を振られた打西くんが、額の真ん中に豆鉄砲を撃ち込まれた鳩のような顔になる。
そして、それは すぐに仏頂面に変わった。

「なんで、そんなことになるんだよ。俺たち、そんなんじゃねーし、津島にチョコもらえても、俺は全然嬉しくねーし」
「またまたー」
「無斉に茂才、おまえら、何か誤解してっから。そんなんじゃねーよ、あんなデブのブス」
『あんなデ〇のブ〇』というのは、三人の後ろを歩いている少女のことらしい。
打西くんが親指で指し示した少女に、無斉くんと茂才くんはちらりと一瞥をくれた。
長い髪を一つにまとめた、生真面目そうな その少女は、確かに少し ふくよかではあったが、決して 見苦しい姿はしていない。
だからこそ 逆に、そんな言葉を用いて 蔑むことができたのかもしれないが(本当のデブに『デブ』とは言いにくいものである)、それがひどい言葉であることに変わりはない。

ひどい言葉は、聞くに堪えない言葉でもあった。
瞬は、彼等のやりとりをナターシャに聞かせたくなかったのである。
にもかかわらず、こういう状況における中学生の声というものは、なぜか大抵、無駄に大きい。

「んなこと言っていいのかよ。おまえにチョコくれるような女なんて、津島くらいしかいないだろ」
「余計なお世話だ。それ言ったら、おまえらだって 同じだろ。津島は、たまたま家が近所で、幼稚園も小学校も中学も同じってだけの腐れ縁。そういう おまえらこそ、どうなんだよ。おまえらだって、津島以外にいないだろ。おまえらにチョコくれそうなゲテ物好きは」
「俺らは、おまえと違って、理想が高いからー。黄泉比良坂99 のデコちゃんくらいでないと」
「俺はD坂2000のコゴちゃんかな」
「俺の理想は、もっと高―し。こんなデブスじゃ話になんねーよ」

最初に 話を振られた打西くんは、もはや 後には引けない心境になっているらしく、ますます口が悪くなっていく。
少女は大人しい性格なのか、無言無反応。
否、もしかしたら 彼女は いつもは快活な少女なのかもしれない。
いつもは、彼等の悪口と 同じ乗りで言い返すこともする少女なのかもしれない。
おそらく、そうなのだろう。
少女の無反応に 戸惑ったように、三人組が顔を見合わせたところを見ると。
だが、素直に『ごめんなさい』を言えない年頃の三人組は、気まずそうな足取りで、再び 遊歩道を歩き出すしかないのだ。

『ごめんなさい』と言えばいいのに――と、他人事ながら 瞬は胸中で 溜め息をついてしまったのである。
彼等のやりとりは、見ていて決して快いものではなく、同時に 焦れったいものでもあったが、さすがにアテナの聖闘士が 中学生の いさかいに 口や手を出すわけにはいかない。
三人組同様、小さくない気まずさを覚えながら、瞬は、前方を行く中学生グループとの間に 一定の距離を保つのに腐心していた。
気まずさを抱えて歩く中学生の歩行速度は、普通に歩いていると距離が狭まり、だが、追い越すには 速すぎるという、実に厄介かつ微妙なスピードだったのだ。

前を行く中学生グループが 醸し出す微妙に気まずい空気の影響を受けていたのは、瞬たちだけではなかった。
中学生グループを中心として 公園の遊歩道周辺にまで 広がりつつあった、微妙な気まずさ色の空気。
その空気の色と風向きが 変わることになったのは、ナターシャが あることに気付いて 繋いでいたパパとマーマの手を引いたから。
同時に、瞬が ある物を見付けて ふいに その歩みを止めることになったからだった。






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