「おばあちゃん……。ナターシャ、人魚姫を助けてあげられなかったヨ……」
そのために、遠い おとぎの国の船の上まで 魔法で運んでもらったのに。
こういうのを、“骨折り損の くたびれ儲け”と言うのだと、以前、星矢ちゃんに教えてもらった。
『人間、生きてりゃ そんなこともあるさ』と、あの時 星矢ちゃんは笑っていたが、今のナターシャは 同じ“骨折り損の くたびれ儲け”でも、笑うことができなかった。
どうしても笑うことができなかった。

自分が くたびれたのはいいのだが。
それを“損”だとは思ったりはしないのだが。
しょんぼりと肩を落としたナターシャの頭を、魔法使いのおばあちゃんが 皴だらけの手で撫でてくれた。

「そんなことはないさ。お嬢ちゃんのプロポーズで、あの人魚の姫は笑った。生まれて初めて、心から笑った。人魚の姫でいた頃は魂がなかったから、心からの喜びとは無縁だったし、人魚でなくなってからは 王子の愛を手に入れられず、満たされない日々を送っていたから、あの姫は やはり喜びとは無縁だった。お嬢ちゃんのプロポーズで、人魚の姫は最初の魂のかけらを手に入れたんだよ」
「人魚姫のお姉ちゃんたちも人魚姫のことを大好きだったヨ?」
だから、愛する妹のために、彼女たちは その美しく長い髪を 海の魔女に差し出したのだ。
おばあちゃんが、こっくり頷く。

「そうさねえ。人魚の姫も王子と同じ。自分を愛してくれる人に、同じだけの愛を返すことができるとは限らないってことさ」
「うん……」
ナターシャは一人しかいないので、パパとマーマに一人分の“大好き”しかあげられない。
だが、ナターシャは、パパの分とマーマの分、二人分の“大好き”をもらっている。
渡す愛と受け取る愛は、必ずしも いつも同じというわけではないのだ。

「“大好き”にも いろんな“大好き”があるしねえ。いちばん つらいのは大好きだったことを忘れちまうことだよ。私みたいに」
「おばあちゃん、大好きだったことを忘れちゃったの?」
「ああ。歳をとって、いろんなことを忘れちまった」
「魔法を使って思い出せばいいのに」
「どこにあるのか思い出せないから、魔法で 取り戻すこともできないんだよ」
「そうなんだ……」
魔法使いは魔法を使って何でもできるのだと思っていたのに。

大好きな人に“大好き”を返してもらえないこと。
大好きだったことを忘れてしまうこと。
どちらも切ないことだろう。
そして、どちらも悲しいことだろう。
だが、人は誰も、その切なさ悲しさに耐えている。
ナターシャは、皆が その切なさや悲しさに耐えていることが、切なく悲しかった。






【next】