絵馬に願いを






氷河と瞬とナターシャの家を 星矢と紫龍が訪ねるのは いつものことだが、そこに蘭子が混じるのは珍しい。
しかし、今日の会合の主催は蘭子だったので、それは ある意味、当然のことだった。
むしろ、会合場所が蘭子の店ではないことの方が不自然だったかもしれない。
本日の蘭子主催の会合の議題は、某マイナー神社の祭事における神輿の担ぎ手の募集と祭り客の勧誘。
その両方を一度に行なうのに、蘭子的には、氷河と瞬とナターシャの家が最適だったらしい。

日本国は神の国。国内には、大小様々、数えきれないほどの神社がある。
そして、それらの神社が それぞれに祭事を執り行なっている。
蘭子が生まれ育った都内下町の某神社では、大人神輿、女神輿、子供神輿を繰り出して町内を練り歩くのが、春の恒例行事。
それは、江戸時代から400年続く伝統あるイベントで、東京大空襲のあった年と その翌年こそ自粛したが(自粛せざるを得なかったが)、関東大震災があった年にも敢行して 江戸っ子の心意気を示したという、神社の氏子たちにとっては、彼等の誇りに関わる大事な祭事なのだそうだった。
蘭子自身、子供の頃は子供神輿、成人してからは大人神輿、数年前からは女神輿を、1年たりとも休むことなく担ぎ続けてきたとのこと。

ところが、その大事な祭事が、ここに来て大ピンチ。
子供神輿を担ぐメンバーを必要なだけ集められない――町内会の集まりや回覧板、神社のサイト、SNS等、様々な場やツールを用いて 懸命に募集をかけてみたのだが、子供たちが集まらない――というのだ。
浅草神社の三社祭レベルに有名かつ大規模な祭りなら、神輿の担ぎ手に不自由することはないのだが、地方の神社や 都内でも町内会レベルの神社では神輿の担ぎ手不足が、昨今は どこでも深刻な問題になっているらしい。
特に子供神輿の担ぎ手の不足が。

何よりもまず、日本国全体が見舞われている少子化という現実。子供の絶対数が少ない。
その上、神輿担ぎを危険な行為と考えて、我が子が神輿担ぎに参加することを許さない親の存在。
とどめが、スマホやゲーム機のゲームに夢中で、屋外で行われる地域行事に無関心な子供たち自身。
そういった事情で。

子供神輿の担ぎ手がいないということは、地域の未来を担う元気な子供たちが少ないということ。その土地の未来が暗いということである。
その事実は、大人からも 元気、生気、活力、勤労意欲を奪う。
勇んで神輿担ぎをする体格のいい兄ちゃん おじちゃんたちが、
『今年は、子供神輿は繰り出せないかもしれないなぁ……』
と しょんぼりしている図が悲しすぎる――と、蘭子は言うのだ。
「アタシの この小さな胸が、きりきりと痛むのよ……」
と。
神輿も、子供たちに担いでもらえず、外の空気に触れることなく、神社の蔵の中にしまわれていると、人の住まなくなった家同様、傷みが進む。

そこで、神輿の担ぎ手募集の範囲を、“ご町内”から“ご町内外”にまで広げてみたのだが、喜んで神輿を担ぐような元気な子供というのが、それでも 本当に見付からない――見付けられない。
蘭子の人脈は主に成人――それも、“普通”の家庭人でない成人がメインなので、子供のいる知り合いが極端に少ない。
真っ先に思い浮かんだ子持ちの知り合いが氷河だったというのだから、蘭子の人脈の“普通”でなさは筋金入りである。

そこで、蘭子が目を付けたのが、星矢が世話人を務めている星の子学園の子供たちだった。
ナターシャには神輿担ぎは、まだ3、4年は無理だが、星の子学園になら、神輿担ぎに参加できる年頃の元気な子供たちが大勢いる。
祭りには、お弁当やおやつも出るし、屋台も出る。
祭りの主催者(町内会)側は、子供たちには バイト代を払っても参加してもらいたいくらいだから、至れり尽くせりで、子供たちを楽しませようとするだろう。
町内の住人たちも、元気な子供たちに担がれる神輿を見ることができれば、心から喜び、生きる希望を得て、町内も活気づく。

星の子学園神輿勧誘計画がうまくいけば、星の子学園運営側は、費用をかけずに子供たちに食事と おやつとレクリエーションを与えることができ、学園の子供たちも楽しんでくれるはず。
そして、祭事主催者側も、子供たちの歓声混じりの賑やかな祭りを開催できて大喜びという、まさに三方一両得の おめでたいことになるのだ。

蘭子は、その計画を思いついた責任者として、自分の被雇用者である氷河に、星の子学園の世話人を務めている星矢への橋渡しを依頼した。
氷河は、その仕事を、『俺が話を持ち掛けるより、おまえが頼んだ方がいい』と言って、瞬にバトンタッチ。
(氷河ではなく)瞬に頼まれた星矢は、二つ返事で その計画への協力を約束した(氷河に頼まれた場合にも協力はしただろうが、二つ返事で、とはならなかっただろう)。

蘭子は更に、『数少ない ご町内からの参加者である子供等の過保護な母親たちは、祭事に 医師が付き添っていると聞けば安心するだろうから、瞬の名を借してほしい』と、瞬に依頼。
焼きそばの屋台で使用する麺類と、神社に奉納する酒の供与を紫龍に依頼。
『お祭りを盛り上げるために、氷河ちゃんと一緒に 祭り見物に来てね』と、ナターシャを勧誘。

そういった事柄を一度にまとめるための、氷河と瞬とナターシャの家、星矢と紫龍の招集だったのだ。
そして、蘭子は、彼女の目的をすべて、首尾よく 成し遂げたのである。






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