青い星






初めて あの青い惑星を見付けた時、我々はその美しさに感動した。
いや、『感動した』というより、『圧倒された』と言った方が正しいかもしれない。
あの青星の美しさは、暴力的といっていいほどの衝撃、我々の感性に働きかける強大な力だった。

ありふれた銀河の端に、ひそやかに 佇む小さな星。
なぜ こんなにも美しい星が存在し得るのか、科学的な説明を付すことは容易だったし、理解もしたが、その存在が奇跡的だという事実は変わらない。
本当に美しくて――我々は何としても、その美しさを永遠に守りたいと思ったのだ。
ところが、その美しい星には その美しさを損なう極めて悪質な害虫が住みついていた。

その害虫たちは、自分たちのことを、他の生き物たちと区別して、“人間”と呼んでいた。
他の生き物たちは、植物も動物も、美しい星を美しいままに、星の姿を変えることなく 自らの命を繋ごうとしていたが、人間たちは違った。
人間たちは、青い星を青い星たらしめている海を汚し、更に 緑の大地を灰色や褐色の加工物で覆い汚そうとしていた。
人間たちのその活動に気付いた時、我々は、大切にしている美しい宝石に ひびが入り、そこから 美しかった宝石が少しずつ醜悪な色に変色していく様を見せられているような、ひどく不快な気分にさせられた。

人間のような生き物は少なくない。
他の星で 幾度も見掛けたことがあった。
こういった手合いの生き物は、数が増えると、テリトリー確保のための争いを始める。
最初のうちは、自分の命を永らえるために必要な空間と資源を確保しようとし、それを侵害する者たち(無論、それも人間だ)を敵と見なし 滅ぼそうとするだけなのだが、やがて欲望が肥大して、“より以上”を求めるようになっていくことが多い。
そして、闘争心が肥大し、強力な武器を作り始め、十中八九、敵(自分と同じ人間だ)と共倒れになる。
最悪の場合、星を道連れに自滅する。

それは見飽きた展開だ。
我々も、大抵は 放っておく。
それが 高度な知能を持つ生き物たちであっても、意思すら持たない低レベルな生命体であっても。
大抵は――そんな者たちの生きている星は、さほど美しくないから。
否、星は 大抵は美しくないというべきか。
大抵の星は、灰色だったり、赤茶けた錆の色だったり、とにかくこの宇宙から消え去っても惜しくない姿をしている。

だが、この青い星は違う。
奇跡のように美しい。
愚かな生き物たちのせいで、この美しい星が汚れたり、激化する争いの余波で 星自体が消え去ることになったりしたら、それは大きな損失だ。
青い星――奇跡のように美しい この星を、我々は何としても守りたかった。
そこで、我々は、美しい星に巣食う害虫退治をすることにしたんだ。

具体的には――害虫を殺す薬を撒くことにした。
もちろん、本当に薬品を撒くわけではない。
そんなことをして、この美しい星を汚染してしまったら大変だ。
我々は、この星自体には害を加えず、人間だけをピンポイントで一つ一つ退治していく、人間の天敵を 青い星に放すことにしたんだ。

以前、別の星で似たようなことをしたことがある。
その星では、植物の根を食い荒らす小さな雑食動物が大繁殖していて、そのままでは、その星を死の星としてしまいそうだったから、その小さな雑食動物を食する大型肉食獣を50頭ほど、他星から移住させた。
我々の目論見は、見事 成功。
星を覆うように うじゃうじゃ蠢いていた雑食動物たちが絶滅するのに、その星の暦で500年とかからなかった。
我々は、あの時と同じ方法で、人間たちを絶滅させ、奇跡の青い星の美しさを守り抜くことにしたんだ。

我々が青い星に放ったのは、人間とは桁違いの力を持つ“神”という生き物だった。
それを200匹ほど。
人間は今、地表に3億匹ほどいる。
へたな科学力も持ち始めているので、多少は“神”への抵抗があるとして、絶滅まで1000年――余裕を見て、2000年ほどだろうか。
神は、人間より強大な力を持っているが、発展性のない生き物なので、人間のように爆発的に数が増えることはない。
2000年後くらいに後始末に来て、人間たちと共に滅んでいればよし、生き残っていた場合には、星にとって害があるようなら消去し、害がないようなら、そのまま青い星に住まわせておいてもいいかもしれない。

我々の母星に、青い星の発見を報告し、害虫退治の裁可を仰いだところ、ただちに作業に着手するよう 指示が来た。
母星が“神”を200匹ほど、すぐに手配してくれたのは、やはり母星の裁可機関も 我々同様、青い星の美しさに圧倒されたからだっただろう。
青い星の公転周期は、我々の星より随分と短いから、青い星の2000年は我々の1年。
人間の平均寿命は6、70年。
世代交代が早い分、進化も早いだろうが、2000年ぽっちの期間では、せいぜい体毛に多少の増減が生じる程度の変化しか起きないだろう。
神に対抗できるほどの力を備えることはあるまい。

この星の人間たちに、知能や精神の大きな進化や成熟が期待できない――というわけではない。
可能性は、どんな生き物にもある。
だが、人間たちが高度な精神性や理性を備えた存在になるには、数万年、数十万年の時間が必要だろう。
人間たちは、自分たちが進化する前に、この美しい星を醜悪な星に変え、最後には殺してしまうことが自明なのだ。

そう考えて、我々は、躊躇なく、青い星の上に“神”たちをばらまいた。
この星の美しさを守るため。
そのために、無知で醜悪で凶暴な種が一つ 滅びることなど、大した問題ではないのだ。
人間は、所詮、誰の役にも立たない害虫なのだから。






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