木々の間をぬって、絵梨衣たちは東に向かった。
 スーパーに向かう途中だった絵梨衣は、素足にサンダル、ブラウスにキュロット・スカートといういでたちだったので、下草が足の指に絡まり、歩きにくいことこの上なかった。
「大丈夫ですか、絵梨衣さん」
 瞬が案じてくれるのにも、絵梨衣は頷くだけで精一杯だった。3、40メートル進んだところで、木々の間に緑色以外の色が見え始め、更に10メートルほど進むと唐突に――本当に唐突に森が終わった。
 砂漠というので、絵梨衣は一面の白い砂を想像していたのだが、森の果てるところで絵梨衣の視界に入ってきたのは、白く濁った茶色の大地だった。木々の間に見えていた緑色でないものは、森を囲む砂漠の砂の色だったのだ。
 砂漠というものが、砂以外に何もない大地のことをいうのなら、確かにそこは砂漠だったろう。だが、絵梨衣に言わせれば、それはただの埃っぽい荒涼とした大地以外の何物でもなかった。
"月の砂漠"などというロマンチックなものではない。薄闇に細い三日月も見えたが、絵梨衣の見知っている月に比べれば妙に大きくて、絵梨衣は不気味さを感じた。絵梨衣は、寒くもないのに、ぶるっと身体を震わせた。

「氷河っ! 往生際が悪いっ!」
 突然、絵梨衣の背後で、氷河を叱責する瞬の声が響く。絵梨衣が振り返ると、瞬が氷河の手から、彼が書店で買った本の入っている袋を奪い取ろうとしているところだった。
「紙がなきゃ火がつかないわけじゃないだろーが!」
「あった方がいいことぐらい、氷河だってわかるでしょ!」
 どうやら瞬は、火を起こすために、氷河の買った本を犠牲にしようとしているらしい。
氷河は、本の入ったビニールバッグを背後に隠し、必死の抵抗を試みていた。
「どうしたの、雪代くん」
 不気味な月などよりは瞬の顔を見ている方が気分も晴れる。絵梨衣が尋ねると、瞬は彼女に助勢を求めてきた。
「絵梨衣さん、その本こっちによこせって、氷河に言ってやって下さい。火を起こすのに使いたいのに、氷河ってば嫌だって言い張るんです」
 この二人と付き合うのなら、氷河よりは瞬の味方に付いていた方が何かと都合がいいらしいことは、そろそろ絵梨衣にもわかってきていたので、絵梨衣は瞬の協力要請に快く頷いた。
「城戸くん、雪代くんの言う通りにしなさいよ。本の1冊や2冊、この際惜しんでられないでしょ。それとも、それ、Hな本なの?」
「なんだとっ!」
 絵梨衣の言葉に、氷河が、そして瞬までが絶句する。瞬を見、絵梨衣を見、それから氷河は、まるで投げ捨てるように、手にしていた袋ごとその本を瞬の前に放り出した。
「瞬っ! この女をどうにかしろっっ!!」
「どうにかしろ…って言われたって……」
 瞬は氷河の投げ捨てたものを拾い上げてから、少し頬を上気させ、困ったように絵梨衣を見て笑った。
「絵梨衣さん、頭いいですね」
「褒めてやれなんて、いつ言った! 俺が侮辱されたんだぞ! 他に言いようがあるだろーがっ!」
「でも、氷河が悪いんだよ。誤解されるようなことするから」
「これは誤解じゃないっ。悪意に満ちた曲解だっ!」
 怒髪天を突いている氷河と絵梨衣の前で、瞬が青いビニールバッグから取り出したのはマンガ週刊誌だった。
「あの…絵梨衣さん、誤解しないで下さいね。氷河がそんな本買ったの、僕、見たことありませんから」
「Hな本より驚きよ。聖和の秀才がマンガ本なんか買ってるなんて。数学の問題集でも出てくるかと思ってたのに」
 心底驚いて絵梨衣は言ったのだが、その言葉を聞いて、氷河はどっと疲れた顔になった。
 ともかく、そういう経緯で、三人の間にはなんとか焚き火ができあがることになったのである。生木は燃えにくく、絵梨衣は煙がひどく目にしみた。






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