そこは廃墟だった。
 小学生の頃に読んだ偉人伝の挿絵を、絵梨衣は思い出した。あれは確か、トロイの遺跡を発掘したシュリーマンの本だった。
 赤茶色のレンガの残骸があちこちに山を成している他には風しかない、人に捨てられた町の跡。
 そこはかなり大きい町だったらしく、石で舗装された広い道が長く伸び、その端は砂漠の中に消えている。呆然としている絵梨衣たちの前を、風が砂を巻き上げながら、長く真っすぐな道を駆けぬけていった。
 その崩れ方から察するに、レンガは土でできているもののようである。
「人……いないみたい…」
 絵梨衣の呟きを聞いて、氷河は初めて自分が絵梨衣を背負っていることを思い出したらしい。無言のまま、彼は、レンガの壁が影を作っているところを見付け、そこに絵梨衣を降ろした。
「大丈夫か」
「べ…別に、おぶってもらったりしなくても平気だったのよ!」
「へぇー」
 こうなってもまだ負けん気を維持し続けている絵梨衣に、氷河は感心したようだった。口許を歪ませて絵梨衣を見、それから彼は再び廃墟の町に視線を移した。
 そんな氷河の背中を見詰め、絵梨衣はしばらく迷った。彼に礼を言わなければならないこと、謝らなければならないことは、絵梨衣にもわかっていた。
「無駄足だったかな…。何かわかるといいんだが」
 独りごちる氷河が、絵梨衣に決意させた。今を逃すと、このまま氷河は町の捜索を始め、絵梨衣は礼を言う機会を逸してしまう。これからも言いたいことを言い張る権利を持ち続けるために、けじめはつけておかなければならない。石畳の道に戻ろうとしている氷河を、絵梨衣は呼び止めた。
「あっ…あのっ、城戸くんっ!」
「ん?」
 振り返った氷河が、怪訝そうな顔を絵梨衣に向けてくる。深呼吸を一つしてから、絵梨衣は清水の舞台から飛び降りるつもりで、まるで怒鳴りつけるように彼に言った。
「どっ…どーもありがとうっ。ごめんなさいっ!」
 言って身体を強張らせた絵梨衣を見て、氷河がきょとんとする。絵梨衣の口からそんな殊勝なセリフが出てくるとは思っていなかったらしい。驚いたように瞳を見開き、それから彼は声を出さずに笑った。
「どーいたしまして」
 嫌味なくらい整った顔が、少し柔らかく崩れる。眼差しがひどく優しげに見えて、絵梨衣は心ならずもその胸をときめかせた。
(えー、なんでよっ。こんな罵詈雑言男にぃ。私、どうかしてんじゃないっ!?)
 絵梨衣は一人で焦りまくり、胸の中で自分自身に毒づいた。
 絵梨衣のそんな戸惑いに気付いたふうもなく、氷河が急に急ぎ足で駆けだす。
 理由は絵梨衣にもすぐわかった。瞬の姿が消えていたのだ。
(雪代くん、どうかしたのかな…)
 瞬を捜しにいった氷河がなかなか戻ってこないのに不安を覚えて、絵梨衣は立ち上がった。







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