薔薇色の扉の向こうには、有翼円盤の船室とは比べ物にならないほどたくさんのパネルとディスプレイに壁を埋めつくされた広い部屋があった。それらの半分は何も映しておらず壊れているようだったが、中の一枚のパネルに氷河は目をとめた。どう考えても人工衛星の軌道を描いているとしか思えない図が、そこには映しだされていたのだ。 「天にいる神ってのは、こいつのことらしいな」 未来人か異世界人か有史以前の文明人か、蛇の正体は相変わらず謎のままだが、蛇の仕組みによる気象操作には、この人工衛星が一役買っていたに違いない。このありうべからざる事実に、だが氷河は今更驚くこともできなかった。 パネルだらけの部屋の奥にもう一つ、小さな薔薇色の扉があるのに、氷河たちは気付いた。一行が歩み寄ると、音もなく扉が開く。 そこには、パネルもコンピューターのディスプレイらしきものも何もない狭い空間があるだけで、いったい何をどうすれば元の世界に戻ることができるのかと、絵梨衣たちを不安にさせた。 が、その不安は杞憂に終わった。 扉の脇に、やはり指輪をセットするための窪みがあり、ジウスドラがそこに指輪をはめ込むと、すべてが予定されていたかのように蛇の仕組みが動き始めたのである。 「移動を望む方は、ホール中央、花崗岩の台座に乗って下さい。1分後にシステムが稼働します」 懇切丁寧なアナウンスまで入り、その流れの自然さは、氷河たちが違和感を覚えるほどだった。自分たちの生きていた時代に戻るために、三人の高校生がこの蛇の空間にやってくることを、蛇は二千年以上前に見越していたのではないかと疑ってしまうほどに、そのシステムは自然に稼働し始めたのである。 実際、蛇は予見していたのかもしれなかった。 「さようなら、ジウスドラ」 瞬が紀元前4000年に残した最後のものは、ジウスドラへの短い別離の言葉だった。 白光に、瞬の別れの言葉はゆっくりと溶け込んでいった。 |