翌日一日を、絵梨衣はすっかり脱力しきって過ごした。 昨日喫茶店で出会った三人と、三人の話を聞きつけたクラスメイトたちが大挙して絵梨衣の机の周りに押しかけて、氷河たちと絵梨衣の関係を詮索してきたが、絵梨衣には何とも答えようがなかった。 自分は彼らの親戚でもなければ友だちでもない。しいてその関係を言葉にしろと言われれば、"無関係"としか言いようがないのだから。 その日の授業が終わると、絵梨衣はひとり図書館に向かった。シュメールの歴史とジウスドラのその後を少しでも知りたかったからである。 図書館などという場所に赴くのは、実に四年振りのことだった。 昨日とはうって変わって、そして、絵梨衣の沈んだ気持ちとも裏腹に、空には雲一つなく、呆れるほど晴れあがっている。それでも、その空は、ディルムンの島で見た青空に比べると、はるかに薄い青色だった。 「ほらな、瞬。俺の言った通りだろ」 図書館の門を通ったところで、絵梨衣は突然聞き覚えのある声を耳にして足を止めた。 「絶対、図書館に来ると思ったんだ。高校の図書室あたりじゃ、ろくな古代史の資料は置いてないだろうからな」 「あ…」 図書館の門の脇に並んで立っていたのは、絵梨衣の学校でも有名な、聖和高校の二人組だった。相変わらず人目を引く姿である。 「氷河、そんな偉そうに言える立場なわけ? 氷河が絵梨衣さんの電話番号も聞いてないって、夕べ知らされた時には、僕、目眩いがしたんだからね!」 「悪かったな。女の電話番号聞くなんてのは、おまえの役目だと俺は思ってたよ」 言い争いながら――楽しそうにではあったが――制服姿の氷河と瞬が、その場に立ちつくしている絵梨衣の側に歩み寄ってくる。 絵梨衣の前まで来ると、瞬はにこやかに微笑んで言った。 「こんにちは、絵梨衣さん」 「こ…こんにちは…」 「え…と、変な言い方ですが…。絵梨衣さん、僕たちのお友だちになって下さいませんか」 「瞬、それじゃ幼稚園児の文通希望コーナーだ」 茶々を入れてくる氷河を、瞬はきつく睨みつけた。 「氷河がっ! もっと気のきいたこと言って、絵梨衣さんを口説いてくれるのなら、僕、この役、氷河に譲ってもいいけど!」 「馬鹿言うなよ。引っ込み思案で口下手なこの俺に、気のきいたことなんか言えるわけがないだろう」 「なら、黙っててよ! これはとっても大事なことなんだからっ」 氷河と瞬の軽口の叩き合いを聞いているうちに、絵梨衣は涙が出てきた。そして、笑いがこみあげてきた。 昨日絵梨衣が寂しかったのは、恋を失ったからではなく、友だちを失ったと思ったからだった。 そして、それは、失われてはいなかったのだ。 「絵梨衣さん、シュメールの本を探しに来たんでしょう? そういうのなら、氷河、大得意だから、いいのを選んでくれますよ」 「いや、俺はむしろ、地球の滅亡を防ぐにはどうしたらいいかをディスカッションしたいな。相沢なら、すげー突飛ないい考えを思いつきそうな気がするぞ」 「あ、それは言えるかも」 氷河は氷河らしく少し皮肉げに、瞬は瞬らしく優しい目で、絵梨衣を見詰め、微笑う。 つられて笑い返してから、絵梨衣は手にしていたバッグを両手で抱きしめた。 空が、青くなったような気がする。 蛇は、未来の瞬自身かもしれない。今日こんなにも強く結びついている氷河と瞬の間に、何か悲しいことが起こる時がくるのかもしれない。 だが、今、絵梨衣の頭上にあるのは、どんな未来も自分たちの手で変えていけることを信じさせてくれる、抜けるように青い空だった。 Fin.
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