その夜、僕は彼と二度目の夜を過ごした。

 彼は、僕の上に亡くなった妻の面影を求め、僕は彼の腕に氷河を感じ――。
 僕たちは、互いにそれを知っていたから、互いを慈しみあえたんじゃないかと思う。

 優しさと激しさの入り混じった彼の愛撫は、僕をひどく切なくさせた。
 この人の愛した人はもういない。この人は、"人生の何もかもが自分の思い通りになって、挫折や絶望に縁のない人生を送ってきた人"なんかじゃないんだ。
 氷河のお母さんを失った時、この人が絶望しなかったはずがない。実の息子が羨むほどに愛し愛された妻と夫。その片割れを永遠に失ってしまった時、この人がどれほど打ちのめされたのか――。他人の僕が想像する悲しみなんて、実際のこの人の悲しみの百分の一にも及ばないものだろう。
 ひどいことを言ったのは、僕の方だった。
 思いやりのかけらもないこんな僕を、けど、この人は、自分の愛した人に似ているというだけの理由で、求めずにいられないんだ。

「ごめんなさい…」
 彼の胸の下で、僕は小さく彼に謝罪した。

 一瞬不思議そうな顔をした彼が、微かに哀しげな色を瞳にのせて微笑む。そして彼は、何も言わずに瞼を伏せ、僕に目を閉じるように促した。誘われるように、そうして、僕は目を閉じたんだ。

 氷河の唇が僕の耳許をくすぐるように掠めて過ぎ、氷河の声が僕の名を囁く。
 切なさに身悶えして、僕は彼の腕にしがみついていった。






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