その日以降の半年間を、後悔に苛まれながら僕は過ごした。 口数も減り、食欲も落ち、すっかり生気がなくなってしまった僕を心配する母に、僕は、 「お母様がご心配なさるようなことはありません。私、高生加様にはちゃんと振られましたから」 と答えてやったが、彼女はあまり嬉しそうではなかった。そんなことより、娘の体調の方がずっと気掛かりらしい。 父も折りにつけ、僕を気遣ってくれた。 思春期の頃から基臣さんのことばかり考えて、今の両親は仮の親、今の家族は仮の家族と考えるきらいがあった僕だけど、彼らにとっては僕は大事な一人娘なんだ。 今更ながらにそんな当たり前のことに気付き、この先は両親に親孝行して過ごそうと考え始めていた晩秋のある日、折橋家は一人の客人を迎えた。 あの春の日以来ホテルを出払って、どこでどうしているのか風の便りすらなかった基臣さんが、僕と僕の父に面会を求めてきたんだ。 母に、客間――当然、和室だ――に来るように言われて、その障子を開けた時、その場に基臣さんの姿を見いだした僕の驚きは、並大抵のものではなかった。 きっちりと仕立ての良いスーツを身に着け、居住まいを正した基臣さんは、部屋に入ってきた僕を見ると、ひどく優しげに微笑んだ。 何が起ころうとしているのか見当もつかずに、父に命じられるまま父の横に座った僕と僕の父とに向かって、彼は言った。 「沢渡の家と決別してまいりました。こちらのお宅とは到底較ぶべくもありませんが、広尾に家を構え、三ヵ月前よりS生命保険に課長待遇で迎え入れられております。本当は、もう少し折橋家に釣り合った地位を手に入れてから参上したかったのですが、ぐずぐずしていると早雪さんを他の男に奪われてしまうかもしれないという焦りにつき動かされ、本日、ご無礼を承知でこちらにまかりこしました」 すっと背筋を伸ばし、彼は、僕の父と対決するかのように真っ直ぐな視線を僕の父に向けていた。 いったい基臣さんは何を言っているのだろう――何を言おうとしているのだろう。察することができないほど鈍感なわけではなかったが、僕にはこの展開が信じられなかった。 「早雪さんを、私にお任せいただきたく思います」 あんな心ないことを言った馬鹿な僕を、基臣さんは迎えにきてくれたんだ。運命は――運命の歯車はまだ壊れてなんかいなかった。 僕は夢を手に入れることができる。 基臣さんの孤独を癒すために努力する権利を、手に入れられるんだ! 父が厳めしい表情で腕を組んだまま、いつまでも黙っているのに焦れて、僕は基臣さんに言った。 「両親が反対したら、駆け落ちしましょう!」 僕は有頂天だった。これ以上ないくらい、気持ちが高揚していた。 母が、僕の言葉を聞いて、父を振り返る。 「でも、ご両親のお許しを得た方がずっといいでしょう。あなたをここまで育ててくださった方々なんですから」 基臣さんにたしなめられて、すっかり舞い上がっていた僕は、自制という言葉を思いだした。 それまで無言だった父が、やっと重い口を開く。 「君には、娘婿として私の会社に入ろうという意思はないのかね」 「早雪さんは、私に誇りを取り戻させてくれました」 「…男のプライドがあるというわけだ」 父に答えないことで、基臣さんは肯定の意を表した。 そこにいるのは、弓崎瞬の知っている高生加基臣だった。自信と胆力にあふれた、あの高生加基臣が僕の前にいた。 |