中学に入ってしばらくした頃、瞬のお袋さんが同僚の教師と再婚した。
 そのこと(というより、それに伴う引っ越しのこと)を俺に報告してきた時、瞬は全くの無表情だった。怒っているわけでもない、喜んでいるわけでもない。瞬はただ傷付いているんだと、すぐにわかった。

 瞬にとっては、亡くなってずいぶん経つ今でも大切な父親。その父を、瞬のお袋さんは忘れようとしている。潔癖症の瞬には耐え難いことだったろう。人の心が変わってしまうことを、あの瞬が容易に受け入れられたとは、とても思えない。
 ただ瞬は、親に心配をかけない物わかりのいい優等生を演じるのに慣れてしまっていたから、今更我儘な子供にも戻れなかったんだと思う。

「いいよ。これで僕は母さんのこと気にかけなくてよくなって、氷河の面倒みるのに専念できる」
 そう言って微笑った瞬の目は、少しも微笑っていなかった。

 その時、俺は思ったんだ。
 瞬がこの先誰かを好きになったら、瞬は一生、その人だけを思い続けるに違いない。瞬は、自分自身に心変わりなど許したりはしないだろうから――と。

 俺は、ふと親父の顔を思い浮かべた。
 引く手あまたのくせに、死んだ妻をいつまでも熱愛し続けている男――親父の執心は、瞬の潔癖に通じるところがあるのかもしれない。ただ――誰もがそうだとは限らない。それだけのことだ。

 ともかく、瞬のお袋さんの再婚という大事件はあったが、瞬んちの引っ越し先も大して離れたとこに行ったわけじゃなかったし、俺と瞬の関係は、中学になっても高校になっても全く変わらなかった。

 しいて変化をあげるなら、瞬が常軌を逸して綺麗になってしまったことくらい、だ。
 いや、もともと瞬は顔だちが整っていて、優しい感じの美人(ほかに言いようがないんだ!)だったから、それに磨きがかかったと言うべきなんだろう。どっかの文芸部のバカ部長が、憂いを帯びた眼差しがどーしたこーしただの、月の雫が光ったのテカったのと、何か勘違いしたようなラブレターを送りつけてきたり、美術部の変態野郎がセミヌードでいいから瞬をモデルにしたいと言いだしたり、交響楽部の阿呆が瞬に捧げる曲を作ってきたりするもんだから、俺は、そいつらを撃退するのに大わらわだった。

 女が相手なら、『瞬は面食いなんだ』と言ってやれば、大抵はすごすご引き下がってくれるが、男となるとそうはいかないから、俺は瞬の身辺にはいつも気を配らざるをえなかった。なにしろ、あの繊細な瞬のこと、自分が男にそーゆー目で見られてるなんてこと知ったら、ショックで寝込んじまいかねない。

 けど――瞬の周りに寄ってくるムサい男共を撃退しながら、俺は自分をあざ笑っていたんだ。誰よりいちばん瞬をそういう目で見ている男が、何を親友面して、変態共を追い払っているんだか、と。

 俺が『お袋以上の女を見付けるから、その女だけでいい』って瞬に言ってたのも、そんな女がいるはずがないって確信してたからだ。第一、当の親父がお袋以上の女はこの世にいないって断言してんだから、そんな女、いるはずねーんだよ。
 ただ、そーゆーコト、瞬に言っておけば、俺自身の暴走を食い止めるブレーキになるし、それに――それとは矛盾してるけど、そう言ってれば、瞬が俺に好意を持ってくれると思ったんだ。一人の女を一生思い続ける…なんてのは、瞬好みの話だもんな。

 俺の中学・高校時代は、とにかく、瞬で明け、瞬で暮れてった。
 俺がバスケなんか夢中でやってたのも、瞬が立てたスケジュール通りに練習して、瞬が立てた作戦通りにプレイしてれば、面白いようにゲームに勝てたからだった。なんか、瞬に操られて、瞬の考える通りに動いているってのは、妙な快感を俺に与えてくれたんだ。

 ろくに勉強もせず、さんざん好きなことしてても、卒業間際に瞬の短期特訓受けりゃ、望んだ通りの高校・大学にも簡単に入学できるし、ほんとに俺は、瞬さえいてくれればでもできるような気分でいた。一生、瞬が俺の側にいてくれればいいと、本気で願ってた。俺は、何でも気が向かないと物事に集中できない質なんだけど、瞬に『氷河にならできるよ』なんて言われると、すぐその気になって頑張っちまうところがあったから。
 俺は瞬に褒めてもらうため、嫌いな勉強も頑張った。ここで頑張らなきゃ、瞬と同じガッコに進めないとなったら、そりゃ、死ぬ気で頑張るってもんだ。






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