そんなふうな俺のバラ色の受験生活も終わりを迎えた三月初旬。これから先の四年間もまた瞬と一緒にいられると浮かれていたところに、今度は、バラ色の修学旅行シーズンがやってきた。
と言っても、俺たちが修学旅行に行くわけじゃない。瞬のお袋さんのガッコの二年生が修学旅行に出るんだ。中学の教師をしている瞬のお袋さんと親父さんは、その引率。

 で、その一週間とちょっとの期間、瞬は小学校の頃から俺んちで過ごす習慣になっている。
 どーせガッコも休みの時期だし、家にはゲストルームがありあまってるし、俺もその方が嬉しいし。

 ほんとは、同じベッドとまではいかなくても、同じ部屋で寝るくらいしたいんだが、そこはそれ、俺が暴走してオオカミにならないように予防線を張っておく必要があるんだな。
 何が恐いって、俺は、瞬に嫌われるのが、ピーマンより親父より饅頭より恐いんだ。俺は一瞬の暴走で、一生の幸福を失いたくはない。

 で、三月にしてはまだまだ冷たい風の吹くある日の夕方、瞬は着替えと本を詰めたバッグを持って、俺んちにやって来た。

「ごめんね、氷河。毎年毎年」
「俺とおまえの仲で、なーに水臭いこと言ってんだ。俺は、お前のおかげで大学入れたようなもんだし、おまけにこれから答辞の添削まで頼もうってハラなんだぜ? んなこと言ってたら、俺ァ、おまえの影も踏めねーよ」
 そう言って瞬を家に迎え入れた時、俺の頭ン中には、これから一週間の予定がぎっしり詰まっていた。大学の下見に行って、バスケの試合見に行って、瞬の好きなシューマのピアノコンサート行って、夜はバックにビバルディなんか流しながら、二人の将来について語り明かしてみたりするんだ。瞬がうちの図書室を物色できるように、一日くらいは外出しない日を作んなきゃならねーし、瞬と一緒に朝メシ食うために、朝は早起きしなきゃなんねーし、ゲームはしばらくお預けにして云々…と、俺の生活目標掲示板兼スケジュール表は完璧にできあがっていた。

 その計画を初日から台無しにしてくれたのは、高校のバスケ部で俺と一緒にフォワードをやっていた無粋な高杉の奴だった。車の免許を取ったんで、浮かれて親の車でドライブに出たら、ガス欠起こして、千葉の山奥で立ち往生していると電話が入ってきたんだ。夜の8時頃。高杉の携帯は雑音がやたらとひどくて、いっそ俺は聞こえない振りして見捨ててやろーかとも思ったんだが、まあ、瞬ほど大事じゃなくても友達は友達だ。心優しい俺は、仕方なく、千葉の山奥までガソリンを運んでやることにした。

 瞬が『氷河がいないとこに図々しくあがりこんでなんかいられないよ』と言って家に帰ろうとするのを押しとどめ、私設秘書の島岡に瞬を帰すなときつく言いつけてから、俺はバイクに飛び乗った。瞬が気を遣わないように、親父よりは早く帰ってこなきゃならない。まあ、親父が帰宅するとしたら大抵は12時過ぎだったから、バイクをスッ飛ばせばなんとかなると踏んでいた。

 実際、なんとかなったんだ。
 ガソリンスタンドでガソリン買って、千葉の山奥で往生していた高杉に(生意気に女連れだった)渡し、きっちり3分間だけ奴を罵倒して、俺は家にとって返した。






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