その頃からだったと思う。時折、瞬が深夜親父のところにしのんでくるのを見かけるようになったのは。 それまでは他の場所で会っていたのか、それとも用心深かったのか、瞬のそんな姿を見かけることはなかったんだが、俺の退院からこっち、瞬はその用心深さを失ってしまったらしい。 二階の自室で部屋の灯りを消し、息を殺して俺が外を見張っていることも知らず、瞬はひっそりと、だが、急ぎ足で庭を突っ切り、親父の寝室のテラスの奥に消えていく。 瞬が来ないうちに親父の寝室の灯りが消えた夜には幾分落ち着いて、瞬の姿を深夜の庭に見付けた夜には焼けつくような嫉妬に苛まれて、俺は眠りにつくんだ。 そんなふうに、俺の学生時代は過ぎていった。 そして――まるで罪人のように人目を避けて自分の許に通って来る瞬を、親父はどんな顔をして迎え入れているのだろうと考え続けることに耐えきれなくなった頃、俺は海外留学の計画を立て始めた。 結局俺は、逃げだすことしかできなかったんだ。親父から。そして瞬から。 瞬が決して俺のものにはならないという現実から、俺は逃げたかった。 俺が、ロスのビジネススクールに留学したいと言いだした時、親父は無表情で『そうか』と呟いただけだった。引き止める理由もなかったんだろう。 大学卒業と同時に俺が米国に発つと、親父は自分の会社に瞬を入社させた。 そうまでして、俺は親父と瞬から逃げだした。だっていうのに、俺の心は少しも瞬を忘れてくれなかった。結局、その苦しみから逃れるために、女だの酒だの、果ては薬にまで頼る生活を、俺は米国でも続けることになった。 瞬のいる日本での暮らしも地獄、瞬のいない米国での暮らしも地獄。俺が生き続けることに疲れ果てていた頃、その知らせが届いた。 米国に向かう飛行機の墜落事故と、親父の死と瞬の死。 島岡からその知らせを受けた時、まるで阿呆のようにただ茫然とその場に立ちつくし、泣くことも悲しむこともできなかった自分を、俺は憶えている。 |