島岡の手配で日本に戻った俺を待っていたのは、主人を失っただだっ広い家だけだった。

 太平洋上の事故で遺体もあがらず――結局親父は、俺の前から瞬を永遠に奪い去ってしまったんだ。
 遺体無しで葬式をどうするか、社葬にするか個人葬にするか、散々揉めたあとで、親父の葬式はそれは盛大に催された。政財界の大物が引きも切らずにやってきて、口々に『惜しい人を亡くしました』と嘆いて帰っていく。

 俺は、だが、涙も出なかった。

 その二日前に、瞬の葬式がひっそりと営まれていた。通夜に出掛けていった俺を出迎えたのは、泣きはらして真っ赤な目をした瞬の母と、彼女を支えるように立つ瞬の義父だった。
「氷河くんも、お父様のことで大変なのに、わざわざいらしてくれてありがとう…。瞬もきっと喜んでると思うわ。瞬は親といるより、氷河くんといることの方が多い子だったもの」
 それでも気丈にしっかりとした挨拶をしてくる瞬の母は、どこか瞬に面立ちが似ていて、やつれてはいても、やはり美しかった。

「家に帰っても、氷河くんのことしか話さないの。氷河くんが駆けっこで一番になっただの、テストで百点とっただの――。『それで瞬はどうだったの?』って聞かれて初めて自分のことを話し始めて……。氷河くんがいてくれたから、あの子、あんなに素直で優しい子に育ってくれたのよ。それなのに、あの子、たった一人で――きっと氷河くんのいないところで、今頃途方に暮れてるわ…」
 言いながら彼女は、また新しい涙をその目にあふれさせた。
「どうしてあの子が…! どうしてあの子が…っ!!」

 言葉に詰まり泣き伏した彼女に、『瞬は一人で逝ったんじゃありません』と言ってやったところで、彼女の涙が乾くこともなかっただろう。

 彼女のように、だが、俺は親父の死を嘆くことはできなかった。ただ喪失感だけが、虚無感だけが、俺を支配していた。

 親父の遺言状の内容も、さして俺を驚かせはしなかった。
 公正証書でも秘密証書でもなく、自筆で書かれたそれには、三年前の日付が記されていた。俺への遺産の内訳、種々の相続雑務、使用人への配慮の他に、
『もし弓崎瞬が私の死後も生きている場合、私の持つS生命保険株式会社の株式の五〇パーセントを、彼に譲るものとする。彼が遺言者に先んじて、あるいは同時に死んだ場合はその限りではない』
の一文があった。
 親父の持ち株の半分といったら、額面で二、三十億はくだらない。愛とか命とかいうものは金で換算できる類のものじゃないだろうが、それにしても、親父が、たとえお袋の身代わりだったにしても、瞬に対して誠意を示そうとしていたのだということだけはわかる。

 ――親父は俺に数百億の遺産を残してくれたが、親父が俺を愛してくれていたのかどうかはわからない。






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