ところで、ニコルたちの指揮官となるラウ・ル・クルーゼは、目的達成のためには手段を選ばない男だった。
なにしろ、是正できない不公平な世界は抹消してしまえばいいなどという極論を、素で考える男である。

ラウ・ル・クルーゼは、更に、外聞を全く気にしない男でもあった。
無論、軍隊というところは、その実績だけが評価・賞罰の全てなのであるが、だからと言って、多少なりと外聞や体面を重んじる人間ならば、彼のように見るからに怪しげなマスクなどを堂々と着用するはずがない。

欲しいものは、さっさと手に入れる。
どんなに冷酷で非情な手段を用いても、どれほどの犠牲を払ってでも。
そして、自分が“変”だということに全く自覚がない。
それが、ラウ・ル・クルーゼという男だった。


さて、その“自覚のない冷酷非情な男”ラウ・ル・クルーゼは、行動迅速な男でもあった。
彼は、彼が『欲しい』と思ったものを手に入れるために、その日のうちに行動を開始した。
そして、彼のとった行動は、『さすがはラウ・ル・クルーゼ!』と賞賛したくなるほどに、大胆極まりないものだった。

クルーゼは、その夜、ニコルが自室に戻る前に彼の部屋に忍び込むと、ニコル愛用の巨大な抱き枕に詰まっている綿とスポンジを8割方抜き取った。
そうしてできた空洞に自らが潜り込み、持参のソーイングセットの針と糸で、内側からチークチークと背縫いを施す。

つまり、要するに、そういうわけで、彼は、巨大な白イルカの抱き枕の中にすっぽりと収まってしまったのである。

「我ながら、素晴らしい作戦だ! 私以外の誰も、これほど大胆不敵な計画を思いつくことはないだろう。ははははははは!」
クルーゼの言葉は、自惚れではなく、客観的事実である。
いったい、彼以外の誰が、こんな恥ずかしい作戦を思いつき、そして実行するだろう。
その点において、彼は確かに正当な判断力を有していた。

そもそも軍隊で、上官が部下に手を出そうとする時、ここまで手の込んだことをする必要は全くないのである。
部下を、自室に呼びつければいい。
そして、上官命令と称して、イロイロ楽しいコトをしてしまえばいいだけなのである。
しかし、そんなありふれた手段を採ることを、優れた策謀家を自認するラウ・ル・クルーゼは、自身に許すことができなかった。

そんな、どこのスケベ上官でも思いつくような、ありふれたセクハラを、このラウ・ル・クルーゼがしてよいものか! ――彼は、そういう考え方をする男だった。

ありふれた手法の持つ効率と利便性は、彼のプライドの前に、綺麗さっぱりと無視されたのである。






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