―― 仮面の男 ――




「だからだなっ! 俺は、隊長が変態なせいで、俺まで変態の仲間だと思われるのが我慢ならないんだよっ!」

突然室内に響いた興奮気味の仲間の怒声に、ニコルは少し驚いたように瞳を見開いた。

ちなみに、ここは、某ザフト軍、某々ナスカ級高速戦闘艦内にあるブリーフィングルームを兼ねたラウンジ。
その室内にいるのは赤と緑の軍服を身に着けたクルーゼ隊の面々で、ミゲルの言う『隊長』とは、もちろん、ザフト軍仮面の男 ラウ・ル・クルーゼのことである。

聞く者の耳と身体に絡み粘りつくような声と、対峙する者を小馬鹿にしているように大仰かつ嫌味なまでに慇懃な口調、指の先まで神経を行き届かせているかのごとくに芝居がかった仕草と、何より、その奇天烈な仮面のせいで変態の呼び名も高い仮面の男──。

「そんな、変態だなんて……。確かに、少々言動に不審なところがないでもないけど、僕たちの隊長が有能な指揮官で部下思いの上官だってことは、僕たち、よく知ってるじゃないですか」
なだめるように告げたニコルの言葉を、しかし、ミゲルは軽く鼻先であしらった。
「たとえ、あの隊長が本当に有能で部下思いだったとしても、そんな事実は、変態長という噂の前では何の意味もないことだ。だいたい胡散臭すぎるんだよ、あの仮面は!」

ディアッカもイザークもミゲルの見解には概ね賛成らしく、彼の脇で、飄々としたていで頷いている。

ニコルは困ったように肩をすくめて、彼等から少し離れた場所で物思いにふけっている様子のアスランに意見を求めた。
「アスランはどう思います?」
「え? 俺?」
「アスランに自分の意見なんてあるもんか」
イザークが、優柔不断な仲間をあっさりと切って捨てる。

アスランは、イザークにそういう扱いをされたことに、むしろほっとしたのである。
実際、この件に関して、アスランには意見はなかった──のだ。
自分たちの隊長が変態だという噂が真実でも、そのことで自分に実害が及ばないのなら、彼はそれでよかったのである。

彼は、意見は持っていなかった。
しかし、素朴な疑問は持っていた。
すなわち、
「隊長はどうして、あんな妙ちくりんな仮面をつけているんだろう?」
──という疑問である。
それは、その答えがわかったならば、ナチュラルとコーディネーター間のいさかいも即消滅することになるのではないかと思われるほどに超根本的な疑問だった。






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