もはや、他の可能性は考えられなかった。
これはどう考えても、クルーゼが、真のエリートであるところのイザークの運動神経と素早さを凌ぐスピードで、マスクを奪われるたびに、別のマスクを装着しているのだ。

「うぬっ!」
イザークが、到底ミドルティーンとは思えない呻き声を漏らす。

そんなイザークに、クルーゼは気を悪くした素振りをかけらも見せなかった。
「気にすることはない。聞くところによると、バイオリニストは、大事な演奏会では、予備のバイオリンを複数台用意しておくそうだ。私も、いざという時のために、予備のマスクの準備を怠ったことはないのだよ」
悔しそうに唇を噛み締めるイザークに、クルーゼは極めてにこやかにそう言った。
表情を確かめることができないだけに、その“にこやか”が、イザークには不気味に感じられて仕方がなかったのであるが。

しかも、である。
完璧と思われた作戦の失敗に自負心を傷付けられてしまったていのイザークに、クルーゼは、“にこやか”に続いて、更に不気味な芸を披露してくれたのだ。
つまり。
彼は、自らの言葉を証明するかのように、イザークの眼前に4つめのマスクを、どこからともなく取り出してみせたのである。
更に、5つ目のマスク、6つ目のマスク、7つ目のマスク、8つ目のマスク、9つ目のマスク、以下延々。

(ド○えもんか、この男は……!)

世の中には、勝利することを空しく思わせる敵というものが、確かに存在する。
イザーク・ジュールには、今、彼の目の前に立つ四次元ポケットの持ち主が、まさにそれだった。

目一杯脱力し、少なからぬ疲労感に打ちのめされて、にこやかな・・・・・ドラ○もんの前から、イザークは不承不承引き下がった。






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