■  三番手 アスラン・ザラの場合


その難題に挑むことは、アスランの本意ではなかった。
それでも彼がその難題に挑んだのは、他の仲間にも失敗してもらわなければ、自分の面目が保てないイザークのごり押しのせいだった。


「隊長」
あまり気乗りしない様子で、アスランは、艦内通路を歩いている彼の隊長を呼び止めた。
通路の端の曲がり角では、アスランの失敗を期待しているイザークと、真紅の衝撃からの復活を果たしたディアッカが、アスランの様子を窺い見ている。

「何か用かね、アスラン」
「はい、実は、先日、隊長のことで妙な噂を聞いたんですが」
「ほう? その噂は、どんなふうに妙なのかね」
「はい、隊長がいつもマスクをして、顔を隠しているのは、実は──」
「実は?」

アスランは、そこで、いったん言葉を切った。
大きく深い深呼吸をひとつしてから、ずいっと、彼のお手製のハロを、クルーゼの眼前に突き出す。
そして、彼は言った。
「隊長の顔が、このハロに似ているからだ、と」
「…………」

クルーゼの顔色が微かに変わった──かどうかは、誰にもわからない。
しかし、アスランにそう言われたクルーゼが、アスランの手の上にある丸い物体をまじまじと見詰めることになったのは、まぎれもない事実だった。

アスランの手の平に乗っている黄緑色の球体。
それの顔(?)は、2つの点としか表現しようのない目と、無いに等しい鼻と(と言うより、それは完全に存在していなかった)、微妙に歪んではいるがほぼ直線に近い2本の単純な線で描かれた口とでできていた。
否、それしかなかった。
それを顔と言っていいのなら、それは緊張感の全くない実に間抜けな顔だったのである。

シニカルに歪められることの多いクルーゼの唇の上に、この二つの豆粒のような目と、存在しない鼻が貼りついているとしたら、それは果たしてどんな顔(?)になるのだろう。
ただひとつ確実に言えるのは、もしその噂が真実だったとしたら、クルーゼが常時マスクを着用していることは、現在戦時下にあるザフト軍及びプラント全体のためになっているということだけである。
命のやりとりをしている戦闘中に、まかり間違ってクルーゼの素顔を思い出してしまったら、ザフト軍の兵士たちは皆、敵を攻撃する前に爆(笑)死しているに違いない。

「もちろん、俺は、そんな噂は信じていません。俺たちの隊長が、まさかこんな間抜けな顔をしているはずがありませんから。だから、俺は、その無責任な噂を否定したいんです。噂を否定するための根拠が欲しいんです」
真顔でそう言ってのけるアスランは、存外、彼の父などより遥かに権謀術数に長けている大物なのかもしれなかった。

ただし、彼の場合は、それが演技でなく、根拠のない思い込みから来る“本気”である可能性もないではない。
どちらにしても、アスランが、彼の実父より恐ろしい存在なのは確かだった。






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