傍若無人な朝の光が、クルーゼに目覚めを強要する。
覚醒しきっていない思考で、クルーゼは、今日は誰を裏切り、誰を殺さなければならないのだったかを、思い出そうとした。

それを不快だとは思わない。
罪悪感も感じない。
だが、心底から楽しいわけでもなかった。

また、昨日と同じ日が始まる。
いつになったらこの悪夢のような時間は終わるのかと、自嘲するように自問した時、彼はその存在を思い出した。

(ニコル……!)

その時感じた感情を、どう表現したらいいのだろう。
クルーゼは、ニコルが消えてしまっていたらどうしようと恐怖した。
確かに一瞬間だけだったが、クルーゼはニコルが失われてしまっていることを怖れた。
懸念は杞憂に過ぎず、ニコルはそこにいてくれたが。

死んだはずの少年――。
それが、生きている人間と同じように喘ぎ、泣き、それどころか、自分に暴力を加えている男に必死にしがみついてくることの不思議。
いっそ昨夜の狂乱が夢だったなら、クルーゼは素直に夢の中のニコルを受け入れることができていたかもしれない。

やわらかな髪が、昨夜受けた乱暴のために少し乱れていた。
その様を見て、クルーゼは、安堵と、少しばかりの後悔を覚えたのである。
この少年が何者だったにしても、彼が、人と身体を交えた経験を持たない子供に、非道な行為を無理強いしたことは事実だった。

目覚めさせてしまわないように、クルーゼはニコルの髪に手を伸ばした。
その指先がニコルの髪に触れかけた時、ニコルが小さく身じろぐ。
「ん……」

咄嗟に、クルーゼは、ニコルに伸ばしていた手を引き、同時に、冷めた自分に返ったのである。
(私のために在るものだと……?)

そんなものがいるはずがない。
欲しいと思ったこともなかった──はずだった。
(私はひとりだ。他の誰も必要ではない。誰も信じない。誰にも許されたくない)

目覚めたニコルが、白く暖かく反射する朝の光の中で、心許なげな瞳をクルーゼに向けてくる。
クルーゼは、その視線を無視し、無言で寝台をおりた。

ニコルは、そんなクルーゼを見詰め、少しばかり切なげに眉根を寄せて微笑んだだけだった。






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