その夜、ナキアは眠れなかった。
 本当に、朝まで一睡もできなかった。
 だが、不思議なことにそれは、バーニが自分を好きでいてくれることを知ったためではなかったのである。
 ほとんど諦めていた恋――バーニの心を知っても光明の見えてこない恋のことより、脳裏に焼きついてしまったバーニとナディンの姿とナイドの憎悪に満ちた眼差しとが、ナキアをどうしても眠りに就かせてくれなかったのだ。振り払おうとしても振り払おうとしても、その二つの光景が、繰り返しナキアの脳裏に甦ってくる。
 あの時――自分もナイドと同じ目をしてバーニたちを見ていたのだろうかと、ナキアは思った。神の決めた人を待つと言い、だからナキアを受け入れるつもりはないと言い切ったバーニが、なぜナディンをなら抱きしめてやれるのだろう。
 ナキアは、春の陽射しのように暖かいナディンの笑顔を思い浮かべ、やはり春の訪れを謳う空のように澄みきった水色の瞳を思い、その細い手足と頼りなげな肩を思った。白く滑らかで切り刻んでやりたいほど綺麗な、ナディンの顔、腕、脚――。そんなことを考えている自分に、ナキアはぞくりと背筋が凍りついてしまったのである。
(いやだ……なんてこと考えてるの、私…。あんな小さな子に…それも男の子に、嫉妬してるの?)
 バーニがナディンを抱きしめてやっていたからといって、何を不思議がることがあるだろう。あれほど綺麗であれほど可愛らしい少年に優しい言葉をかけられて、抱きしめたいと思わない人間などいるはずがない。ナキア自身、そう思ったことは幾度もあった。ナディンの思いやりを感じるたび、あの水色の瞳で心配そうに見あげられるたびに。
 だが――だが、ナディンを妬む自分の心を、ナキアは止めることができなかった。不条理なことに、その妬みは、ナディンが綺麗で優しい少年だからこそ、いや増しているような気がした。
(どうしたの、私…。こんなの、私じゃない。私はこんなこと考えたりしない。もう一人の私が私の中にいるみたい…)
 ナキアは寝台の上で堅く目を閉じた。イルラもウスルも何かを知っているようなのに、ナキアには何も言ってくれなかった。
『ナキア、我等が国土のために耐えてくれ』
 ただ一言、慰めとも執り成しともとれる言葉を口にしたきりで。
(でも、じゃあ、なぜ、ナディンはあんなふうにバーニに抱きしめてもらえるの。同じシュメールなのに、どうしてナディンだけ特別みたいなことを言ってもらえるの…!)
 割り切れぬ思いと胸苦しさから、ナキアはいつまでも逃れることができなかった。






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