平生なら、ナキアの様子がおかしいとなれば、真先に彼女を気遣ってくれるのはナディンだったろう。だが、ナキアがそんなふうになってしまった原因をナディンだけは知らず、彼自身バーニの決意をナキアに伝えることはできそうになかったらしい。ナディンは遠目にナキアを心配そうに見詰めるだけで、どうかしたのかとナキアに尋ねてくることさえしなかった。あるいは、彼は、人の悲しみや苦痛には敏感でも、憎しみや妬みの感情を感じとることは不得手だったのかもしれない。
 だが、ナキアは、そんなナディンの態度に、むしろ安堵を感じていた。へたにナディンに慰められでもしたら、自分は何を口走ってしまうかわからない――ナキアの胸中は一触即発の状態だったのだ。
 その点、ナイドは、見事としか言いようがなかった。あの夜垣間見せた憎悪に満ちた眼差しがまるで嘘だったかのように、彼はいつも通りの彼だった。
 いつも通りの皮肉な口調、いつも通りの冷めた目といつも通りの薄い微笑。いつも通り仲間に拗ね、ナディンに甘えてみせさえするナイドに、ナキアはほとんど尊敬の念を抱いてしまったのである。
 ナディンは、あの夜バーニといるところをナイドに見られていたことに気づきもしないでいる。もし、その事実を誰かに知らされたとしても、あの時ナイドを支配していた感情に、ナディンは思い至ることもできなかったろう。
 それほどにナイドの態度は自然だった。
 それまでナキアは、ナイドを、自分の感情を隠すことのできない、どこか子供じみたところの残る男だと思っていた。だが、本当は彼は誰よりも大人で、今まで自分が見ていた彼の子供っぽさはすべて演技だったのかもしれないと、ナキアは思ったのである。
 あれほど激しい感情をこれほど上手に包み隠してしまえる男に、普通の大人の振りができないはずがない。
 すべてはナディンの目を自分に惹きつけておきたいがための演技――そう考えてしまってから、ナキアは、それこそがナイドの"子供"の部分なのだと思い直した。






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