Everyday I'm looking for a rainbow.
天使の病 2003.01.05

<プロローグ>

「ねえ、将来の夢ってなあに?」

「ボクの夢はね、天使になることなんだ。天使になって、世界中を大空から見て回るのさ」

「へえ〜。なんか凄いね」

「きみの夢は?」

「わたし?わたしの夢は・・・」



〜 〜 〜 〜 〜




「・・・ん、・・・くん、もういいよ」

白衣を着た老人が少年の肩を叩いた。肩を叩かれた少年は、何度か目をしばたたかせた後、ゆっくりと起き上がった。

「大丈夫かね?」

「はい」

そこは小さな街の小さな診療所。いつもそこにいるのは、一人の年老いた医師とその妻である看護婦。その日はたまたま看護婦が出かけており、そこにいるのは年老いた医師だけだった。

「先生、あとどのくらいですか?」

「う〜ん・・・」

「・・・」

「多分明日じゃな。明日の夕方かの」

「そうですか」

「今ならまだ間に合うぞ?。お前さんは老い先短いわしと違って、まだ先がある。他にやりたいことも見つかるじゃろうに」

だが少年は穏やかな表情を浮かべるだけで、答えようとはしなかった。

「ふぅ、まあええ。お前さんの人生じゃ。好きにするがいい」

老医師はそう言うと、カルテを棚に戻した。

「先生、ありがとうございました」

少年はひとつ頭を下げ、すっと立ち上がった。そして、その背にある純白の羽を何度かはばたかせると、部屋の大きな窓を開き、そこから飛び立っていった。

老医師がふと足元を見ると、羽が一枚落ちていた。それを拾い上げ、少年が出て行った窓にかざす。そして、小さくつぶやいた。



「天使の病とは、よく言ったものじゃ」






天使の病






ある時、人に翼が生えた。

それは何も前触れも無く起こり、ひとり、またひとりと、次々と翼の生える人が現れた。全ての人に翼が生えたわけではないか、少しずつ、だが着実に、翼の生えた人は増えていった。

その翼は白く美しく、まるで人が想い描いていた天使の翼だった。

そして、翼の生えた人々は、自由に空を飛び、舞った。

人々は大いに沸き立った。

「新たな進化」、そう言う人もいれば、科学的にそれを解明しようとする人も現れた。だが、結局理由はわからなかった。

しかし、それは人々にとってはあまり意味のないことでもあった。大事なのは、「自分にも翼が生えるかどうか」であり、毎日祈り続ける人、鳥しか食さない人もあらわれた。

しかし、人は、やはり人だった。

ある時、何の前触れも無く、ひとりの翼の生えた人が消えた。

そしてひとり、またひとりと、翼の生えた人が消えていった。

「自由を求めて大空に飛び立った」、そう言う人もいれば、「翼の生えた人を狙った誘拐だ」、そう騒ぐ人もいた。だが、真実は人の想像を越えたところにあった。




「助けてくれ!」

叫び声がした。人々がそちらに目を向けると、ひとりの翼の生えた人が、空に向かってゆっくりと羽ばたいていた。

「俺は翼なんか動かしちゃいない!翼が勝手に動いてるんだ!本当だ!俺の意思じゃない!!!」

そう叫びながら、その人はゆっくり空に消えていった。

それを見た人は驚いてその事を皆に話したが、信じるものは少なかった。自分の体が自分の意志に反して動く、そんなことがあるわけないと。

だが、ひとり、またひとりと、翼の生えた人は空へ消えていった。そして、誰も戻ってはこなかった。

人々は恐怖した。

それまで憧れだった翼を畏怖し、人には不要なもの、そう位置付けた。

生えてきた翼は医者によって切り落とされた。

やがて、翼の生えた人はいなくなり、同時に翼に憧れを持つ人もいなくなった。

そして人々は翼が生えることを、こう呼んだ。

「天使の病」と。



〜 〜 〜 〜 〜




ドンドンドンッ!

ドアを激しくノックする音で、少年は目を覚ました。

うーん、とのびをすると、ゆっくりとドアを開けた。そこには、少年と同じくらいの歳の、顔立ちのはっきりした少女が立っていた。

「もう、どうせ寝てたんでしょ。まったく、いいかげんその自堕落な生活を直さないと・・・」

そう言う少女に苦笑しつつ、少年は彼女を部屋に入れた。

その部屋は生活に必要なもの以外が全く無く、非常にすっきりとしていた。目に付くものといえば、部屋の隅に積み上げられた、世界の風景の載った写真集だけだった。

「昨日はちゃんとお医者さん行ったの?」

トースターにパンを入れて、彼女が聞いた。

それに軽くうなずく。

「それで、あとどのくらいだって?」

「明日だって。明日の夕方って言ってた」

「・・・それって、今日っていうこと?」

「そうだね」

少年はなんという事もなさそうにうなずいて、コーヒーを飲んだ。

「なんで、なんでそういうことをもっと早く言わないの!」

「なんでって言われてもなあ」

少年は困ったように頭をかく。

少女はそんな少年に怒鳴りかけたが、やがて肩の力を抜いて大きく息をついた。

「で、決心は変わらないわけ?」

「もちろん」

今度は大きくうなずくと、背中に生えている羽を大きく広げた。

「僕にこの羽が生えたときから、決心は変わらないよ」

そんな少年の瞳には、いたずらをするときのようなあどけなさと、何者にも冒されないゆるぎなさが入り混じっていた。

少女はそんな少年の瞳をじっと見つめて、続けた。

「本当にそれでいいの?望みがかなうかどうかなんて、まるでわからないのよ。だいたい、空につれていかれちゃった人は、誰も戻って来ていない。今どうなってるかわからないのに。なんでそんな不確かなものに賭けるの。まだあなたにも私にも未来がある。可能性もたくさんあって、うまく言えないけど、他にいろいろな、思ってもみないようなことができるかも知れないのに。それなのに、すべて捨てちゃうの!?」

そこで一旦言葉を切って、少しだけ視線をそらした。

「それに、そんなに取り柄も無いあなたを必要としている人だって、たくさんいるんだから」

「取り柄が無いは余計だよ」

そう言って少年は笑った。

「きみの言っていることは、みんな正しいよ。でも、やっぱり夢は捨てられないよ」

「それだけ?」

「うん。今僕が考えているのは、夢をかなえることだけだから」

色々と反論されるかと思っていたのか、少女はぽかんとしていた。やがて、探るような目をして言った。

「他の人はどうなっちゃったと思う?」

「さあ、わからない。でも、天使にはなっていないと思うよ」

「どうして?」

「そう望まなかったからさ。僕は違う。僕は天使になりたいと思ってるからこそ、天使になれるんだよ」

その自信に満ちた目を見て、少女は諦めたようにため息をついた。

「ホント、あなたは昔から変わらないわね。たいした根拠も無いくせに、自信だけは人一倍なんだから」

「それ、誉めてる?」

「半分ね」

「後の半分は?」

「わざわざ言って欲しい?」

「想像つくから止めとくよ」

そしてお互いに顔をあわせると、どちらからとも無く笑いあった。



やがて二人は話し始めた。幼稚園の遠足で手をつないだこと。それからいつも同じクラスになったこと。運動会のかけっこで競ったこと。お互いが寝ないように見張りながら、受験勉強をしたこと。修学旅行を抜け出して、こっそり遊びに行ったこと。二人が出会ってから今までの、そんなとりとめもないことを、ゆっくりと話し合った。



「そろそろだよ」

「そう?」

「うん」

そう言って、少年は翼を広げた。

「これがそう教えてくれる」



二人は家をでて、街のはずれの丘に上がった。そこは街が見渡せる、二人のお気に入りの場所だった。

少年は空を見上げた。そして、それを待っていたかのように、翼がはためきだした。

「それじゃ、またね」

「ええ、またね」

少年の体が空に舞い上がり、小さくなってゆく。やがて、見えなくなる。

少女はいつまでも見送っていた。いつまでも、いつまでも・・・。



〜 〜 〜 〜 〜



<エピローグ>



「あ、あれ?」

気が付くと、知らない場所にいた。

「私、どうしちゃったんだろ?」

少女がぐるりと当りを見渡すと、そこには白い壁と知らない機械があった。

首をかしげると、下のほうに何かがあった。

視線を下げると、少女がいた。

「・・・私がいる」

足元にいるのは、まぎれもなく少女自身だった。

彼女は眠っているようだった。「ようだった」というのは、彼女が普通に寝ているわけではなかったから。

彼女の体にはいたる所にコードが付けられ、その先は先ほど目に入った機械に繋がれていた。

その機械は「ピッ、ピッ」と、一定のリズムを刻んでいた。

「どうしちゃったんだろ、私」

その時、少女の脳裏に一つの映像が浮かんだ。振り返ると、自分に向かってくる車。居眠り運転なのか、それとも何かに追われていたのか。それはわからないが、少なくとも避けた記憶も無かった。

「車に撥ねられたワケね」

それならば自分は死んだのだろうか。漠然と、そう思った。だが、機械は今も一定のリズムを刻んでいる。もし死んだのなら、あの機械はリズムを刻むのを止めてしまうだろう。

「ここに居てもわからない、か」

そうつぶやくと、部屋を出た。

どこに行こうか迷ったが、なんとなく呼ばれているような気がして、階段を上った。




屋上に出た。

フェンスの側に立つと、街が見渡せた。それは、いつか丘の上で見た景色に似ていた。

その時、後ろでバサッという、鳥の羽ばたきのような音が響いた。

少女が振り返ると、そこにはあの丘で別れた少年が居た。

彼の背にはあの時と変わらず、大きな白い翼があった。

少年は少女を見て、はにかんだように笑った。

「天使になれたの?」

少年は大きくうなずいた。

「君を迎えに来た」

だが、彼はそこを動こうとはしなかった。

「でもね、これは僕の我侭なんだ。気づいてると思うけど、まだ君は死んだわけじゃない。今すぐに戻れば、また目を覚ますだろう。もし今僕の手を取ったら」

少年が言い終える前に、少女は手を取った。そして微笑んだ。

「迎えに来てくれたんでしょ?それなら、行かなくちゃね」

少年の顔が驚きから穏やかなものに変わった。

「本当に夢をかなえたんだね」

「そう望んだからね」

「でも、どうやって?」

「話すと長くなるよ」

「じゃあ、今は聞かない」

そして少女はいたずらっぽく笑った。

「私の夢、覚えてる?」

「もちろん」

「それじゃあ、連れて行ってくれるね」

「ああ。一緒に世界を見て回ろう」

「空の上からね」

二人は頷き合うと、両方の手を繋いだ。

そして二人はゆっくりと空に上っていった。

後にはただ1枚の、白く綺麗な天使の羽が残るだけだった。



<了>



PostScript

そもそもこのお話は、「人に翼が生えたら、どうなるんだろう?」というのを、ほのぼのと書いていきたかったのです。

ただ、実際に皆が翼を持った世界を考えたら、「人は地に足を着けるのが一番」という結論に達してしまって(苦笑)。誰もが飛ぶことの出来る世界。それは、大空に規制のある世界でもある。そんな気がしたので。。。やはり、空ぐらいはいつまでも自由な空間であって欲しいです。

ちなみに最初のエンディングは、少女が歳をとっておばあさんになり、天寿を全うするときに、天使になった少年が迎えにくるというものでしたが、いま一つ足りない気がしてこうなりました。
こっちのエンディングなら、まだ絵本に近かったかもしれませんね。


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