Everyday I'm looking for a rainbow. |
わたしらしく | 2004.03.28 | |||||||||
パチン。パチン。 小気味良い音が、館の裏手から響いている。 そこには色取り取りの薔薇と、二人の女性の姿があった。 一人はやや小柄な、まだ少女の面影を残しているクレア。 そしてもう一人は、女性特有の艶やかさを備えたアイシャである。 まるで好対称の雰囲気を持つ二人だが、そのブラウンの髪とブロンドの髪は、咲き誇る薔薇に良く映えていた。 「相変わらず、精が出るわね」 アイシャは呆れたような、それでいて楽しげな声を上げた。 「ここは私とお母様を繋ぐ場所だから」 真剣な表情を崩さす答えると、クレアは無駄な枝を落としていく。 「それと、フォスターを繋ぐ、でしょ。皆知ってるんだから。あなたとフォスターがここで二人きりで過ごしてるのは」 それに答えず、クレアは一心不乱に薔薇の手入れを続けた。 それが癇に障ったのか、アイシャの口調がきつくなった。 「まったく、良い身分よね。庭弄りするだけで彼を独占できるんだから」 「あら、あなたはそういう場所が無いの?」 「そういう場所って?」 「フォスター様と二人きりになれる場所」 「無いわよ。そんなの、アンタだけでしょ」 それを聞いたクレアは、手を止めてアイシャの方に向き直った。 「あなた、本当に知らないの?」 「え、何が?」 クレアからの思わぬ答えに、きょとんとするアイシャ。 そんなアイシャに軽く溜息をつくと、クレアは諭すように言った。 「リースは調理場でフォスター様の好みを聞きながら、料理しているわ。まだこの国の言葉がおぼつかない恋は、フォスター様が空いた時間で読み書きを教えているの。チェリーも一緒よ。あの子もまだ読み書きが充分でないから」 「そ、そうなの?」 「少しずつだけど、皆フォスター様に物怖じしなくなってきてるわね。それは良いことなのだけど、そのせいでフォスター様も皆の相手をするのに忙しくて、なかなか薔薇園に足を運んでくれないのが困りものね」 クレアにしては珍しく、最後はやや拗ねた感じだった。 普段ならそんなクレアを冷やかすアイシャだが、今回ばかりはその余裕が無かったらしい。 なにやら「アタシだけ・・・」とブツブツつぶやくと、ふらふらと館の方へ戻っていった。 「大丈夫かしら?」 後には困ったように頬に手を置くクレアだけが残された。
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コトコトと静かに響く音。良い香り。 調理場からは夕食の支度をしているであろうリースの弾むような声が聞こえてきた。 その声に惹かれるように、アイシャが調理場を覗くと、そこにはお玉を持ったまま頬を上気させているリースと、いつもの無表情なフォスターの姿があった。 「ああ、良い味だ」 「本当ですか?。ありがとうございます!」 フォスターの表情は変わらないが、リースの表情はこれ以上無いぐらい耀いていた。 「後はまかせた」 「はい!」 きびすを返し、フォスターが調理場から出て行く。 それを物陰に隠れてやり過ごすと、アイシャは足音を忍ばせてリースに近寄っていった。 「見たわよ〜」 「ひゃあ!」 声を裏返して驚いたリースが振り返ると、そこにはジト目をしたアイシャが立っていた。 「もう、アイシャさん、驚かせないで下さいよ」 そう言って胸をなでおろすリースだが、アイシャは相変わらずジト目でリースを見下ろしていた。 「あの、アイシャさん?」 「・・・」 「えっと、えっと・・・」 「・・・」 だんだんおろおろしてくるリースだが、アイシャの様子は一向に変わらない。 そしてリースが途方にくれた頃、アイシャが低い声で切り出した。 「いつの間に」 「えっ?」 「いつの間に、そんなに近づいたわけ?」 「近づいたって?」 「フォスターによ。あれだけ怖がっていたはずのフォスターに、いつの間にそんなに親しげに話せるようになったのよ」 「いや、それは、その・・・」 「ちゃーんと見ていたんだからね。全く、恥ずかしいったらありゃしない。あれじゃ新婚夫婦じゃない」 「新婚って・・・」 リースは卒倒しそうなほど真っ赤になってうつむいた。 その頬を指でつつきながら、アイシャは続けた。 「かなりウブだと思っていたのに、まったくもう。フォスターも手が早いんだから」 「えっ、えっ?」 うつむいたままのリースの赤い頬を、アイシャはしばらく突付き続けた。 「それで、結局アイシャさんは何か用があったのですか?」 ようやく落ち着いたリースが尋ねると、今度は逆にアイシャがそっぽを向いてしまった。 「・・・たのよ」 「はい?」 「だから、・・・たのよ」 「アイシャさん、もっとはっきり言って・・・」 「だから、羨ましかったって言ってるでしょ!」 その言葉に、リースは目を丸くした。そして相変わらずそっぽを向いたままのアイシャを見て、口を大きく開けて笑い出した。 「あはは、アイシャさんもそんな風に思うのですね」 「そうよ。悪かったわね」 「いいえ、全然悪くないですよ。でも、アイシャさんがそんな可愛らしいなんて、ちっとも思いませんでした」 そう言うと、リースはしばらく笑いつづけた。 リースの笑いが収まるのを見計らって、アイシャは切りだした。 「それでね、私も自然にフォスターに近づく良い方法は無いかしら?」 「アイシャさんなら、自分からどんどんフォスター様に近づけばいいじゃないですか」 「そんなの、私のプライドが許さないわよ」 「そうなんですか?」 「そうよ。それに、今更無垢な少女みたいな真似は出来ないわ。私からじゃなく、フォスターから寄って来るようじゃなきゃいけないの!」 「・・・はあ。やっぱりアイシャさんは凄いです」 リースは驚きと憧れの入り混じった表情でアイシャを見上げた。 「わたしじゃとてもそう思えませんから。やっぱり、フォスター様が通いつめただけのことはありますね」 「何よ、それ」 「アイシャさんはフォスター様が何度も声をかけてこのお屋敷に来たんですよね」 「そうだけど、あなたは違うの?」 「ええ」 そう言って、リースは少し寂しそうな目をした。 「わたしは借金のカタに連れてこられたんです」 「・・・ふーん、そうなの。あなたも苦労しているわね」 「いえ、そんなことないです。確かにこのお屋敷での生活は大変ですけど、決して嫌では無いですから」 そしてリースは笑顔を浮かべて行った。 「アイシャさんはフォスター様がわざわざここに連れてきた人なんですから、もっと自信を持ってください」 「いや、自信はあったんだけどね」 アイシャは苦笑して言った。 「なんだか勝手が違うのよね。フォスターには媚びたところがちっとも無いから、どうしていいかわからなくて。もっとも、それが彼の魅力でもあるんだけれど」 「大丈夫ですよ。アイシャさんはアイシャさんらしくしていれば」 「私らしく、か」 「ええ」 アイシャはうーんとひとしきり考える素振りをみせると、最後に軽く手を振って調理場を後にした。 「珍しいこともあるものだな」 フォスターは、普段執務を行っている部屋の窓から庭の様子を眺めていた。 その後ろでは、クレアが休憩にと紅茶の準備をしていた。 「何かおっしゃいましたか?」 「ああ。ちょっと変わったものが目に入ったのでな」 クレアはポットを机に置くと、フォスターの隣に寄った。 そして彼の視線の先を追うと、そこには気に寄りかかって座るアイシャの姿があった。 彼女は特になにをするわけでもなく、時折空を見上げては、溜息をついていた。 「何かあったのか?」 「・・・ええ」 「ほう。喧嘩でもしたのか?」 「いえ、そういうことでは無いのですが」 「そうか」 それっきり、フォスターは黙ってしまった。しかし視線はアイシャから離さなかった。 「アイシャは・・・」 クレアはすっとアイシャから視線を外した。そして、自分の指をフォスターの指に絡めた。 「アイシャも、こうしたいのです」 そう言って、フォスターの肩に体を預けると、ゆっくりと目を閉じた。 翌日。街の名士の晩餐の日。 もっとも晩餐とは名ばかりで、華やかな集いの裏で重い話題が動く。 過去に呼ばれるように、フォスターもまたそこ向かう。 屋敷の玄関口に、クレアを始めとする5人のメイド達が並んでいた。 その前にフォスター、それに黒いシルクハットを被った初老の男がいる。 フォスターは馬車の御者らしいその男に鞄を渡すと、メイド達の方へ振り返った。 「行ってらっしゃいませ」 そう言って、クレア深く頭を下げた。リース、恋とチェリーもそれに習った。 「行ってらっしゃいー」 その横でアイシャはひらひらと手を振った。 するとフォスターは鋭い視線をアイシャに向けた。 「何をしている」 「何って?」 「なぜお前が見送るのかと聞いている」 「なっ!」 その言葉にカッとなったアイシャは、つかつかとフォスターに歩み寄った。 「私が見送ると、何か問題でもあるの」 「ああ、大有りだ」 「何よ、それ」 アイシャは鋭い視線に怯まず、フォスターを睨みつけた。 「なぜ来ない」 「えっ?」 アイシャはそれまでの怒りも忘れ、思わず自分のことを指差して言った。 「私、行ってもいいの?」 「あの場所に、他に誰が行けるんだ?」 「わ、わかった。ちょっと待って!」 そう叫ぶと、アイシャは身を翻して大急ぎで身支度を整え、再び玄関口へ戻ってきた。 アイシャが自分の隣に並んだのを確認すると、フォスターはクレア達を一瞥して言った。 「戻るのは明日になる」 それだけ言うと、御者と共に扉を開け、屋敷を出て行く。 その背を追うように、アイシャも屋敷を出て行く。 ふとアイシャが振り返ると、そこには羨望の眼差しを浮かべたリース、恋、チェリー、そして幾分か悔しそうな表情を浮かべたクレアの姿があった。 「ふふん」 思わず浮かんでくる笑みを抑えながら、アイシャは馬車へ乗り込んだ。 「ハイヤー!」 鞭の音と共に、馬車は走り出した。その中で、アイシャはフォスターにもたれかかるようにして言った。 「やっぱり、私じゃなきゃ駄目よね」 フォスターは何も言わない。しかし、アイシャの肩にそっと手をまわした。 その手に自分の手を重ねると、アイシャは小さくつぶやいた。 「これが一番私らしいかな」 「ああ、その通りだ」 思わぬ答えに驚いてアイシャが顔をあげると、フォスターは相変わらず前を向き、何事も無かったように口を閉ざしていた。 「ふふっ、そうかもね」 そう言うと、アイシャはフォスターの胸に頭を預けた。 その顔には、恥ずかしそうな、それでいて満足気な、やさしい笑みが浮かんでいた。 − FIN − |
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