愛の讃歌






「いいか、氷河。恋というものは、いつ どんなふうに訪れるものなのか誰にも わからない。運命の恋人に出会った時、その恋にあたふたするような奴はフランス男の名折れというものだ。いつかどこかで自分のただ一人の人に出会った時、その恋を失うことがないように、おまえは修行を積まなければならない。そうすることで、おまえの人生は より美しく より幸福なものになり、おまえは自らの人生の勝利者となることができるのだ!」
幼い頃から氷河は、フランス人家庭教師のカミュに繰り返し そう言われて育ってきた。
母親がロシア系フランス人、父親がフランス系日本人、その息子の氷河は、パーセンテージからいってフランス人以外の何物でもない――というカミュ家庭教師の決めつけのもと、氷河は 立派なフランス男になるための修行を積んできたのである。

「愛する人にはひたすら優しく、愛する人のためになら己れの命をも顧みず、自分の心を偽ることなく、迫って迫って迫りぬけ!」
というカミュ家庭教師の垂訓を、そのまま自らの人生の指針として受け入れた氷河は、いつか巡り会う運命の恋人に切なく思いを馳せながら、カミュ家庭教師の厳しい特訓(?)に耐え続けたのである。

フランスは花の都パリで、氷河がカミュ家庭教師の厳しくも温かい教えを受けていた頃、彼の運命の恋人は、氷河の切ない思いと ほのかな憧れの心など知りもせず、遠い極東の小さな島国で、平和な日常を送っていた。
運命の時が、刻一刻と近付いてきていることを知りもしないで──。






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