凍える冬が終わり、暖かい春が訪れた。 空も大地も日々 春の色に変わり、そこここに新しい命の芽吹きを見てとることができる。 これ以上に素晴らしい神の恩寵もあるまいとしみじみ感じられるような、ある春の日。 「氷河ーっ、てぇへんだ、てぇへんだ〜っ!」 春の夕暮れ時の暖かく穏やかな静寂を破って、銭形の親分の許に駆け込む がらっぱちの八五郎を気取った星矢が、大声を響かせて、城戸邸ラウンジに飛び込んできた。 「なんだ、騒がしい。神田川にホトケでも浮かんだのか」 「そんなことで、俺がこんなに慌てるかよ! もっとすごい大事件が起きたんだって!」 「大事件?」 気負い込んだ様子の星矢に、氷河は、隠す様子もなく胡散臭そうな目を向けた。 が、今更、氷河の目つきの悪さにたじろぐ星矢ではない。 まして今の彼は、一刻も早く仲間たちに披露したい大ニュースを抱えていたのである。 「駅前にさ! 新しいケーキ屋ができたんだよ!」 「──星矢。まさか、それが、神田川にホトケが浮かぶ以上の大事件だと言う気じゃないだろうな」 もしそうだったなら、たった今、星矢とのお仲間関係を解消とてやると言わんばかりに苦りきった顔で、氷河が星矢に問い質す。 星矢は、もちろん、氷河の茶々をすっきりと無視した。 「そこにさー、瞬がいてさー」 「それがどうした」 それも、ごく普通にありえる話である。 驚くべきことでも何でもない。 瞬は大の甘党だったし、瞬の外見なら、ケーキ屋のテーブルに佇んでいても違和感は(恐ろしいことに)全く、ない。 「女の子と一緒だった!」 「…………」 氷河は、虚を衝かれた。 一瞬、本気で、彼は言葉を失った。 氷河の感性では、ケーキ屋のテーブルに佇んでいる瞬の姿は至極自然なものに思われたが、女性と同伴している瞬というものは、超の字がつくほど不自然に感じられた──のである。 「同い年か、もしかしたら1つか2つくらい歳上かなー。くりんくりんのセミロングの可愛い子で、二人ともえらく楽しそうにしてて、妙に親密そうだった。ついでに言うと、そのコ、お嬢様ガッコの東都学園の制服着てた」 氷河の表情を伺うように、星矢が“ご注進”を続ける。 星矢のご注進を聞かされている氷河の方は──もしかすると自覚はなかったのかもしれないが──目に見えて表情を悪化させていた。 「ほふへぇっ !? 氷河、おまえ、女にも嫉妬すんの?」 星矢が、奇妙な喚声をあげて、氷河に尋ねる。 自分から振った話のくせに、そう言う星矢の口調はひどく意外そうだった。 「別に」 「別に……って、おまえ、目が据わってるぞ。すげー怒ってる。俺にもわかるくらい。一輝と一緒にいる瞬にだって、そこまできつい目を向けたことないぞ」 星矢はつくづく正直である。 それは彼の美点でもあり、また致命的な短所でもあった。 正直を極めた星矢のご意見ご感想は、氷河の不機嫌に、実に見事に油を注いだ。 星矢の正直さを見兼ねたのか、それまで傍観者を決め込んでいた紫龍が、二人の間に入ってくる。 とはいえ、彼の取りえもまた、星矢とは種類の違う正直でしかなかったのだが。 「当たり前だろう。同じ土俵に立てない相手がライバルでは、氷河にも対抗措置の取りようがない」 「それもそーだな。どんなに頑張っても、氷河は瞬の子供は産めないもんな」 紫龍の邪気に満ちた正直と、星矢の悪気のない正直。 見事なコンビネーション攻撃を受けた氷河が、ぎりっと歯噛みをする。 「あやや……」 さすがにその険悪な雰囲気に危険を感じたのか、星矢が彼なりの執り成しにかかり、紫龍もまたそれに倣った。 ──のだが。 「あー……。そーいや、瞬の奴、子供は氷河だけで十分だって、言ってたよーな、いなかったよーな……」 「手間がかかるからな、氷河は。瞬もこれ以上育児でやつれるのは御免被りたいだろう」 もちろん、彼等の執り成しは、更にざばざばと、氷河の怒りに油を注ぎかけるだけに終わったのだった。 |