Everyday I'm looking for a rainbow.
紫陽花あじさい EPISODE:01 2003.01.05

「ハクオロさん、お茶はいかがですか?」

「頂こうか」

執務の手を休め、ハクオロが軽く体を伸ばし、振り返る。

そこには小さなちゃぶ台とおぼしき机にお茶を置く、エルルゥの姿があった。





紫陽花あじさい
- EPISODE:01 -






ハクオロがこの大地に帰還してから、およそ3ヶ月が過ぎていた。

最初の1ヶ月はエルルゥ、アルルゥと共に辺境の村で暮らしていたが、気が付くとトゥスクルの王宮に連れ戻されていた。

始めの内は辺境に戻ろうとしたものだが、ベナウィの気転と、持ち前の責任感から王宮から離れられないでいた。

そうこうしている内に、エルルゥ、アルルゥだけでなく、カルラやトウカ達が再び王宮に集まり始め、今ではハクオロが居なくなる前の状態に戻っていた。

そしてまた、昔と同じ、平穏で、それでいて賑やかなトゥスクルでの生活が営まれていた。



(もっとも、この忙しさを平穏と言うかは微妙だが・・・)

お茶をすすりながら、ハクオロは苦笑していた。

まだトゥスクルの国造りは始まったばかり。

ある程度の仕事の割り振りは行えているものの、最後はハクオロの確認無しでは進まない。

まだ復興の進まない地も多く、難題は山積み。

それらは全てハクオロの手により処理されている。

結局のところ、トゥスクルはまだハクオロという強力な指導者に支えられている国であった。



「ハクオロさん、あまり無理しないで下さいね」

「ああ、わかってる。だが、ベナウィがなあ・・・」

「私が悪いのではありません。この國がそれだけ聖上を必要としているのですよ」

そう言いながら、山のような書類を抱えたベナウィが部屋に入ってきた。

それを床に置くと、ベナウィもそこに腰を降ろした。

「ベナウィさんもお茶をいかがですか?」

「いいですね。頂きましょうか」

エルルゥがお茶を入れる間に、ベナウィは持ってきた書類の束を2つに分けた。

その割合は8:2程度だった。

「それは追加か?」

「ええ」

そう言って、ベナウィは割合が2の方を指差した。

「こちらが今日中に目を通して頂きたいものです。本日はこれぐらいかと」

「これぐらいと言っても、決して少なくは無いが・・・。やれやれ。で、そちらは?」

ハクオロが残りの8の方に目を向けると、何やらそれはほとんどが手紙の類のようだった。

「こちらは婚姻の申し入れです」

ピクッ。

お茶の用意をしていたエルルゥの手が止まる。

「今ではこのトゥスクルに正面から歯向かえる國は残っていません。ですから、トゥスクルとよしみを通じておくのが最も得策なんでしょうね」

「それで人質か?」

「いえ、それだけでは無いのでしょう。聖上も良い年ながら未婚です。ここでお互いの血筋をあわせて置けば、自らの國が安泰となるだけでなく、発言力も増す、そう考えてのことでしょう。狙いは明らかですが、おかしな事ではありませんね」

冷静に分析するベナウィ。

その横で、必死に何かを言おうとしているエルルゥ。

(また難題が増えたか。。。)

やや陰鬱な気分でハクオロは口を開いた。

「さて、どうしたものかな」

「どうもこうもありません!。何てものを持ってくるんですか、ベナウィさんは!!!」

「何てものと言われましても、これは聖上に宛てられたものですので」

「こんなものハクオロさんには必要ありません!」

「しかし・・・」

「しかしも何もありません!!!」

肩を怒らせてベナウィを睨むエルルゥをなんとかなだめ、ハクオロは溜息をついた。

「ほおっておいても解決はしないな」

「ええ。聖上が一人身でいらっしゃるのは知れ渡っておりますから。同時に多数の女性をはべらせている事も、巷では有名でございます」

「別にはべらせている分けではないのだが・・・」

「そうとしか見えません」

ベナウィに言い切られ、がっくりと肩を落とすハクオロ。

「ベナウィ、何か良い方法は無いか」

「そうですね。一時凌ぎでしたら」

「この際、何でも良い」

「では、正妻を娶って下さい」

ぎょっとするハクオロ。目を耀かせるエルルゥ。

「聖上が一人身でいる限り、この手の要望は無くならないでしょう。もっとも、今までの皇は多くの側室を抱えるのが普通でしたから、それで無くなるとは思えません。ただし、最も発言力が大きいのは、正妻の後ろ盾です。それ以外は皆一緒です。正妻でなければうまみが減りますから、同時にこの手の要望も減るでしょう」

「言ってることはもっともなんだがなあ・・・」

ハクオロがちらっと目を向けると、そこには目を輝かせているエルルゥの姿があった。

頬を染めて上の空になったかと思えば、両手を頬に当てていやいやと首を振る。

(うっ・・・)

冷汗をかくハクオロ。

恋する乙女の暴走は、傍から見ると怖いだけであった。

「ハクオロさん、もちろん私と・・・」

「ちょっと考えさせてくれ」

身を乗り出すエルルゥに気圧されるように、腰を引くハクオロ。

「その件は急を要するものでは無い。悪いが、しばらく考えさせてくれないか」

「もう、そうやってはぐらかすんだから」

うらめしそうな視線にあえて気付かない振りをしながら、ハクオロは答えた。

「いいでしょう。今日明日で状況が急変するものでも無いですし。ただし、あまり放置はできませんので」

「わかっている」

「では聖上、お茶はこのぐらいにして、残りの課題を」

「ちっとも休んだ気がしないのだが・・・」

ぶつぶつ言いながら、ハクオロは再び机に向き直り、書類の束に目を通し始めた。

エルルゥはまだぶつぶつ言いながらもお茶を片付け、ベナウィは既にハクオロの手が入った書類を整理していく。

そんな3人を、そっと廊下から見つめる者がいた。

「うふふ、良いこと聞いきましたわ」

その者は気配を殺したまま、その場から姿を消した。

そして翌日から、トゥスクルは新たな火種を抱えることとなった・・・


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