Everyday I'm looking for a rainbow. |
EPISODE:02 2004.07.19 | ||||
「その件は急を要するものでは無い。悪いが、しばらく考えさせてくれないか」 「もう、そうやってはぐらかすんだから」 うらめしそうな視線をあえて気付かない振りをしながら、ハクオロは答えた。 「いいでしょう。今日明日で状況が急変するものでも無いですし。ただし、あまり放置はできませんので」 「わかっている」 「では聖上、お茶はこのぐらいにして、残りの課題を」 「ちっとも休んだ気がしないのだが・・・」 ぶつぶつ言いながら、ハクオロは再び机に向き直り、書類の束に目を通し始めた。 エルルゥはぶつぶつ言いながらもお茶を片付け、ベナウィは既にハクオロの手が入った書類を整理していく。 そんな3人を、そっと廊下から見つめる者がいた。 「うふふ、良いこと聞いきましたわ」 その者は気配を殺したまま、その場から姿を消した。 そして翌日から、トゥスクルは新たな火種を抱えることとなった・・・ | ||||
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朝議。 午前中に國の中心を担う者達、いわば大臣とも言うべき者たちが集まり、國のあり方について話し合われる場所なのだが。 「・・・ということで、大通りのせいび、かくちょーが必要との声があります」 どういうわけだか、トゥスクルでは各所から上がってくる報告をアルルゥが読み上げることになっている。 誰が決めたのかはわからないが、それよりも「誰も止めなかった」方に問題があるのではないだろうか。 ―――まあ、アルルゥが知ってもかまわないぐらいの事しかない、この平穏さを喜ぶべきなんだろうな。 そうハクオロはひとりごちていた。 「最後に、皇はせーさいを選ぶことになりました」 ブッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 「ア、アルルゥ、何を!」 「おとーさん、せーさいってなあに?」 落ち着きを無くして慌てふためくハクオロだが、その場に居合わせる役人や衛士達は話がよくわからず、首をひねるばかり。 制裁、精彩、聖祭・・・といった言葉が周囲の者達に浮かぶが、どれもしっくりこない。 アルルゥも自分の言った事の意味がわからず、きょとんとしている。 そんな中、大広間のすみで握った拳を震わせている者がいた。 エルルゥである。 隣に座っていたカミュが驚いて声をかけようとしたが、それより早く背中に何かオーラのようなものを立ち上らせたエルルゥは、ハクオロに向かってゆっくりと歩き始めた。 始めは皇の様子に気を取られていた周囲の者達であったが、背後から迫る異様なプレッシャーに思わず壁の辺りまで引いてしまう。 そのため自然と中央に出来た道を、エルルゥはゆっくりと歩いてきた。 そして、ハクオロの前にいるアルルゥの首根っこを掴んで、ひょいっと猫の子でも投げるかのように後ろにほうり投げた。 「あ、あの、エルルゥ、さん?」 視界の端で、宙を舞ったアルルゥが無事にトウカとカミュに受け止められたのを見てホッとしたのもつかの間、その視界は般若の表情を浮かべるエルルゥの顔で一杯になった。 「どういう事なんですか、ハクオロさん!」 「いや、どういう事と言われても、さっぱり」 「ど・う・い・う・こ・と・ナ・ン・デ・ス・カ?」 下手な言い訳でもしようなら本当に絞め殺しかねない勢いで、エルルゥはハクオロに迫ってきた。 しかし、ハクオロの方でも何が何だかさっぱりわからない。 ―――まさかベナウィが業を煮やして朝議の議題にこっそり加えたとか? ありえなくもないが、馬鹿がつくほど真面目なベナウィが、昨日の今日でいきなりそんな仕打ちをするとは思えない。 息も絶え絶えになりながらの思考は、そのベナウィの一言で終わりを迎えた。 「皇が妻帯する。このトゥスクルの繁栄を願い、妃を迎えるという事です」 エルルゥの暴走に息を潜めていた重臣達が、一斉に息を呑むのがわかった。 そして、ざわめきがさざなみのように広がっていく。 「ベナウィさん、あなたって人は!」 「私ではありません。が、都合が良いので利用させて頂きましょう」 「なんですって!!!」 ハクオロの胸倉を掴んだまま激昂するエルルゥに、ベナウィは努めて冷静に言った。 「そもそもの原因は優柔不断な皇と、牽制しあうばかりで一向に進展の無いエルルゥ様たちにあります。よもやそれをお忘れではございませんよね?」 「・・・っ!」 その言葉に思い当たる節があるのだろう。 エルルゥは何も言い返すことが出来ず、ただその手に力を込めるだけ。 ガクンと。 その手の先でとうとうハクオロが落ちてしまったことも気付かずに。 朝議を境に、皇のいる館の様子は一変した。 いや、館だけではない。街の空気までもが変わってしまっている。 ハクオロの統治により平穏が訪れたトゥスクルであったが、そうなるとやはり人は刺激を求めるもの。 街のあちこちに高札が立てられていた。 それは彼らの敬愛するハクオロ皇が、とうとう妃を選ぶことになったことが書かれていた。 行き交う人はその話に持ちきりで、まるで國を挙げてのお祭り騒ぎといった感じだった。 そんな街の中を、アルルゥとカミュはいつものようにムックルを従えのんびりと歩いていた。 「なんだか凄いことになっちゃったねえ、アルちゃん」 「ん」 アルルゥは事態がわかっていないらしく、いつもと同じように短い返事を返すだけ。 だが、少しだけつまらなそうな表情を浮かべている。 原因は、いつも散歩に付き合うユズハが、今日ばかりはオボロに固くガードされどうしても連れ出すことが出来なかったからだ。 「このあとどうなっちゃうのかなあ。お姉ちゃんも様子が変だったし」 彼女の姉であるウルトリィは、お昼に顔を合わせたときにもいつもと同じように慈愛の感じられる笑顔を浮かべていた。 だが、付き合いの長いカミュにはわかった。 あのあからさまに屈託の無い笑顔の時こそ、自分の姉は何かをたくらんでいる事を。 確か以前オンカミヤムカイを抜け出した日も、こんな顔をしていた気がする。 「何も起こらないといいけど」 そんな願いもどこ吹く風、ハクオロのいる館では、彼を取り巻く女性達の、よく言えば自分のキモチに忠実な、悪く言えば欲望剥き出しの想いが既に交錯を始めていた。 「やれやれ、どうしたものかな」 いつもより早く午後の努めを終え、ハクオロはあてもなく館の中をさまよっていた。 今日ばかりは政務にかかりっきりで余計な事を忘れたかったのだが、ベナウィからその余計なこと、つまり正妻についてよく考えるようきつく言い渡され、政務を早めに切り上げられてしまったのである。 「まったく、この調子ではどちらが皇かわからない」 そうベナウィに毒づきながら、ハクオロはちょうど通りがかったユズハの部屋を覗き込んだ。 「ユズハ、ちょっと」 「いいかユズハ、なんとしてでも正妻になるのだ」 「いえ、お兄様。ユズハはハクオロ様のおそばにいられるだけで満足なのですよ」 「またお前はそんな事を。いいかユズハ、お前は長くハクオロを慕っていた。お前だけではない。この俺もアイツを認めている。それに元々お前はハクオロと婚姻を結ぶはずだったではないか」 「ですが」 「いいかユズハ。お前も少しは我侭になってもいいんだ。ずっと我慢ばかりすることは無いんだ」 「・・・」 「お前も正妻となって、もっと思ったように生きてもいいんだ。わかるか?」 「・・・ええ。そうですね」 「わかってくれたか」 わが意を得たとばかりに、大きくうなずくオボロ。 「それに、正妻となれば」 「少しどころか最近酷く過保護でうっとうしくなった兄を、辺境に飛ばすこともできるわけですね」 「・・・ユズハ?」 「そしてハクオロ様とふたりっきりで。うふふふ・・・」 ハクオロは何か黒い波動が漏れてくる部屋から、声を殺して必死で逃げ出した。 その後ろからは、ユズハの邪気の無い、それだけに恐ろしい笑い声だけがいつまでも響いていた。 「聖上、どうされました!?」 廊下の隅で息も絶え絶えなハクオロを見つけて、トウカは驚いて駆け寄って来た。 「くせもの、いや敵ですね。わたしが来られたからにはもうご安心下さい」 「いや、そうではないんだ。落ち着け、トウカ」 「落ち着くのは聖上です」 そう言われて、ようやくハクオロは大きく息をつき、その場にへたり込んだ。 あれから思わずサクヤの部屋に逃げ込もうと思ったが、そこでもユズハの部屋と同じような光景が繰り広げられていた。 まだ子供だと思っていたサクヤとクーヤだったが、トゥスクルに来てからすっかり耳年増になってしまったのだろう。 二人で延々とハクオロを篭絡するための相談をしていた。 その中身は子供らしく純真だが、それ故に後のことを考えていないというか、なりふりかまっていないというか、はっきり言ってしまえばどうやってハクオロを拉致監禁しよかという話し合いをしていたのである。 ―――なぜ皆トゥスクルに来ると、こうも辺境の女と化してしまうのだろう。 ハクオロはがっくりとうなだれてしまった。 そんなハクオロを、トウカは慌てて抱き起こした。 「聖上、しっかりして下さい」 「ああ、トウカ。すまないな」 「いえ、それがしは聖上をお守りするのが勤め。聖上を守れず、このようなお姿にさせてしまって、それがしは」 「言うな、トウカ。お前がそばにいるというだけで、私は安心しているのだ」 気が付けば、ハクオロを介抱しようとしていたトウカが、逆にハクオロに慰められていた。 いつのまにか背を柱によりかからせ半身を起こしているハクオロに、トウカが体を預けるような格好になっていた。 「聖上。こんな半人前で聖上を守ることもままならないそれがしを、そばに置いてくださるのですか?」 いつのまにか、トウカは瞳をうるませて、ハクオロを見上げていた。 そのまつげは儚げにゆれ、まるでか弱い少女の姿のよう。 この館を闊歩する辺境の女たちには無い魅力。 「いつまでも聖上のおそばに」 やや湿って艶を帯びた唇に引き寄せられるように、ハクオロの手がトウカの頬にのび、トウカはその手に自分の手を重ねて・・・ 「あーら、トウカ。いつのまにそんな技を身に付けたのかしら」 慌ててトウカが跳ね起きた。 見ればカルラが欄干に腰掛け、にやにやと二人のことを見つめていた。 「まさかあなたが一番に抜け駆けするとは思わなかったわ」 「な、何を言う。抜け駆けなどと。それがしはただ聖上に」 「あら、朝議の後、部屋でおかしな書物を読んでブツブツ呟いていたのは誰だったのかしら?」 「それは」 真っ赤になったまま、しどろもどろに返事を返すトウカ。 「じゃあ、あなたは正妻になりたくないの?」 「え、あ、う・・・」 絶句し、口をぱくぱくさせて立ち尽くす。 「トウカ?」 ハクオロが思わずトウカの肩を叩くと、それが引き金になったかのように、トウカはうわーんと泣きながら走り去ってしまった。 「・・・えーと」 残されたハクオロも、どうしていいかわからずに手を挙げたまま。 だが、カルラの冷ややかな視線に、徐々に気おされてきた。 嫌な沈黙が辺りを覆う。 「あ、あのー、カルラ?」 このままではイカンと、ハクオロは残った意識を総動員し、なんとか作り笑いを浮かべた。 それを見て、カルラはやれやれと言った感じで首を振ると、ハクオロに笑顔を向けた。 「あるじ様、少し散歩に行きません?」 | ||||
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