Everyday I'm looking for a rainbow.
life-prolonging EPISODE:01 2003.01.05


風の強い夜。

時折雲の隙間から顔を出した満月が、一人の少年の顔を照らしていた。

遠野志貴。

真に「殺す」力を持った少年。

常に「死」を纏った少年。

だが、それを除けば、普通の少年だろう。

窓の外から眺める彼女のにとって、ベッドで眠っている彼の寝顔は穏やかで、彫像の様な美しささえ感じられた。

風に煽られた雲が月を隠し、そして志貴の姿を隠す。

再び月が顔を出した時、その光は志貴ではなく、一人の女性のうしろ姿を照らしていた。





life-prolonging
- EPISODE:01 -






「ほら、起きなさい」

女性が声をかけると、志貴のまぶたがゆっくりと開かれ・・・無かった。

決して寝起きが悪いわけではないが、志貴は人に起こされてもなかなか起きないタイプである。

「起きなさい」

スースー。

「起きなさい」

スースー。

「起きなさい」

スースー。

・・・

ドカッ!

「うわぁ」

志貴はベッドから蹴り落とされた。

「いててっ」

彼が顔を上げると、月の光を背にした女性の姿が目に入った。

と、同時に、いくつもの線が浮かぶ。

「くっ!」

慌ててベッドの脇に落ちた眼鏡をかける。

「ったく、何だ、アルクェイド。来る時は玄関からと何度も言ってるだろ」

「あら、真祖のお姫様は窓から来るんだ」

驚いた志貴が顔を上げると、そこには見知った金髪ではなく、真っ赤な髪が風に揺らめいていた。

「・・・せ、先生?」

「あら、ちゃんと覚えていてくれたのね。嬉しいわ」

「本当に先生?」

「私の偽者をする度胸のある人なんて、居ないと思うけど」

「あはは、本当に先生なんですね」

志貴が立ち上がり、ベッドに腰掛ける。そして、先生と呼ばれたその女性は、ベッドの脇にある椅子に腰掛けた。

それまで背を照らしていた月の光が、彼女の横顔を照らす。

そこに映ったのは、ミス・ブルーの名で知られる魔術師、蒼崎青子だった。

「お久しぶりです、先生」

「久しぶり。ちょっと見ない間に、立派になったわね」

「そうですか?自分はあの頃と、何も変わってはいないと思いますけど」

「変わらずにいられたから立派なのよ。その体でね」

「そうですね」





それから二人は、たくさんの話をした。

主に志貴が、青子と別れたから今までの話を、穏やかな笑顔で話した。

ここ一ヶ月ぐらいで体験した、生死を賭けたやりとり。

その出来事を語るときでさえ、彼の笑顔は崩れなかった。

それを青子も、終始笑顔で聞いていた。

普段の志貴を知るものなら、余りに多弁な彼の姿に驚いたかもしれない。

それほどまでに、彼の話は終わらなかった。

そこには、遠足の出来事を母親に話す子供のような、温かな雰囲気に包まれていた。



〜 〜 〜 〜 〜




「と、いうわけなんです」

そう言って、志貴は大きく息をした。

あまりにも一気に話したせいか、何か運動の後のように、息が上がってしまった。

そんな志貴の背中を、青子は優しく撫でてやった。

そして、志貴が落ち着いたのを見計らって、切りだした。

「でも、ちょっと立派になり過ぎたみたいね」

「何ですか、それ」

首をかしげる志貴に、青子はスッと目を細めた。

「そのままだと、長くは持たないわよ」

一瞬驚いた顔をした志貴だが、再び穏やかな表情を浮かべた。

「ええ、わかっています。元々生きているのが不思議なぐらいですから」

「そうね。あなたの傷は普通なら致命傷だったわね」

「今更あがく気も無いです。それに、今の自分の幸せは、自分の傍にいる人たちの笑顔ですから」

「心配させたく無い、そういうわけ?」

「ありていに言えばそうです。もし出来るなら、皆の記憶の中から消して欲しい。そう思います」

青子の目が一層細くなった。部屋の温度が下がった感じさえする。

「立派ね」

「そうでもありませんよ」

「いいえ、立派だわ。人とは思えないぐらいに」

「・・・」

「人はね、生きることを望むものよ。理性や感情が邪魔をするけれども、本能として生を望むわ。何かのために生きるのではなく、生きるために何かをする。それが人間だもの」

「・・・」

「そう思うわよね、貴女も」

「えっ?」

「あははー、バレちゃいましたか」

そう言って扉を開け顔を出したのは、琥珀だった。

「琥珀さん、起きてたの?」

「ええ。最近は夜のお散歩にでかけてしまう方がいらっしゃるので、見回りの回数が増えているんですよ」

志貴はうっとうめいて下を向く。

「秋葉様がヤケになって防犯装置を取り付けるのですが、今回も用を為さなかったみたいですし」

「そうね、あの程度で止められる者は、志貴の周りにはいないわね。それより庭に生えてる植物の方が、よっぽど効果があると思うわ」

「そうですよね、あはは」

「うふふふ」

何やら邪悪な笑みを浮かべる二人の間で、志貴はひたすら固まりつづけていた。



〜 〜 〜 〜 〜




「ちょっと話がそれたけど、貴女ならわかるわね」

「ええ。人形にはなれませんでしたから」

「琥珀さん・・・」

心配そうな顔をする志貴に微笑みかけると、琥珀は続けた。

「今となって思うと、私は人形になりたかったのではなく、例え人形になってでも、生きていたかった、そう考えたんだと思います。槇久様の道具となった時、自分と翡翠ちゃんが死んだら、槇久様も死ぬんだ、それも薄々わかってました。でも、わかっただけでそうしようとは思いませんでしたもの。やっぱり、人形になったつもりでも、人だったからなんでしょうね。そして人として生きたからこそ、今こうして志貴さんの笑顔が見れますから」

「こ、琥珀さん」

志貴は真っ赤になってうつむいてしまう。

その様子を、青子はにやにやしながら眺めていた。

「あら〜、妬けちゃうわね〜」

「せ、先生」

「あはー、こうでもしないとにぶちんの志貴さんには伝わりませんからねえ」

「そういう所も変わらないわけね」

「ええ、手広くはなってるんですけどねえ」

「さっきの立派っていう評価を訂正しなくちゃ駄目かしら」

「そうですね。八方美人で皆をいらいらさせますし、朴念仁ですし、なかなか言いつけを聞いてくれませんし」

「琥珀さん、もうその程度で勘弁して・・・」

「でも、約束は守ってくださるので、やっぱり立派な人ですよ」

「ふふふ、美味しい方に持っていくわね」

「志貴さんについては大分研究しましたから」

そう言って、二人は楽しそうに笑った。


〜 〜 〜 〜 〜



頃合を見計らって、志貴が口を開いた。

「それで、先生がわざわざ来てくれたのは何故なんですか?」

「志貴、この屋敷を出るわよ」



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