Everyday I'm looking for a rainbow.
life-prolonging EPISODE:02 2004.06.12


頃合を見計らって、志貴が口を開いた。

「それで、先生がわざわざ来てくれたのは何故なんですか?」

「志貴、この屋敷を出るわよ」





life-prolonging
- EPISODE:02 -






「兄さんがいない?」

「はい」

翡翠はどこか心配そうに、そして申し訳無さそうに頭を下げた。

「昨日の晩は普通に休んだのよね?」

「はい。夕食の後、いつも通り休まれました」

「まったく、兄さんにも困ったものね」

秋葉は手にしていたティーカップをゆっくりとテーブルに戻した。

だが、怒りのためか、その手は微妙に震えていた。

一方の翡翠は、幾分か困った表情を浮かべていた。

「琥珀は?」

「はい、なんでしょう?秋葉さま」

呼ばれた琥珀は、台所からひょいと顔を出した。

「兄さんが居ないそうよ」

「えー、志貴さんがですか?」

「えぇ。何か心当たりは無いかしら」

「心当たりといわれましても・・・」

う〜ん、と琥珀は首をかしげた。

「お庭に設置してあるセンサーにも反応はありませんでしたし、玄関も夜中に開けられた形跡はありませんので。そうすると・・・」

「もういいわ、琥珀」

琥珀を遮って、秋葉はバンッ!と机を叩いた。

遠野の屋敷には、何重もの警備用センサーが張り巡らされている。

もちろんセキュリティのためというのもあるが、志貴が夜こっそりと家を出るのを監視するためでもある。

志貴は確かに直視の魔眼という他者に無い力を持っているが、別にスーパーマンというわけではない。

つまり、家を出るには門を開けるか、塀を飛び越えるしかない。

従って、志貴が自分の足で家を出る場合には、必ずセンサーにひっかかるはず。

だが、センサーにひっかからないということは、志貴が自分の意志で外に出たわけではないということだ。

夜中にセンサーにかからず志貴を連れて行くことが出来る存在といえば・・・。

「あの泥棒猫。まったく、何度言えばわかるのかしら!。兄さんも兄さんよ。私がどれほど心配してるか、全くわかってないのかしら」

秋葉は拳を震わせて、志貴の部屋の方を睨みつけた。



「なら志貴さんに直接そうおっしゃったらいかがです?『秋葉は兄さんの事が心配たまりません。兄さんが居ない時は、いつも兄さんの写真を胸に抱いて無事を祈ってますの』と」

「な、琥珀!」

秋葉はバッと琥珀の方を振り向いた。

その顔はこれ以上無いくらいに赤く染まっている。

「あ、あああ、アナタ、何を根拠にそんな・・・」

「先日秋葉様のお部屋にお掃除に入ったとき、棚の上の写真立てに埃が少し埃が溜まっていたので、軽くはたこうとしたんですよ。そしたら、何故か志貴さんの写真だけはホコリ一つ無く、動かした後がありましたので」

手を口に当ててクスクスと笑う琥珀。

一方、秋葉は口をぱくぱくさせたまま、やり場の無い怒りに腕を震わせていた。

「あらあら、冗談で言ったんですけどね。まさか、秋葉様、遠野家の当主ともあろう御方が、そんな乙女ちっくな事はしていらっしゃいませんよね?」

「え、ええ。当然です」

琥珀は相変わらず笑みを絶やさず、秋葉を見つめている。

秋葉は頬を赤く染めたまま、そっぽを向いてしまった。



翡翠は軽くため息をつくと、そんな秋葉に助け舟を出した。

「秋葉様、そろそろ学校に行くお時間です」

「え、ええ、そうね」

その言葉に、秋葉はどうにか自分を取り戻すと、残った紅茶を飲み干して居間を出て行こうとした。

しかし、扉の前で振り返った。

「ああそう、翡翠」

「なんでしょう?」

「私が帰宅する前に兄さんが戻ってきたら、絶対に家から出さないようにね。今度こそあの泥棒猫と縁を切るように言って聞かせますから」

そう言うと、鼻息も荒く、秋葉は居間を出て行った。





〜 〜 〜 〜 〜






秋葉を見送り、琥珀は居間に戻ってきた。

居間ではちょうど食器を片付け終わった翡翠が、心配そうな顔で琥珀を待っていた。

「姉さん」

「あら翡翠ちゃん、どうしたの?」

「・・・。志貴様を連れ出したのは、本当にアルクェイド様なのでしょうか?」

「どうして?」

「いつもとお部屋の様子が違いました。居間までアルクェイド様が志貴様を連れ出すときは、扉が開け放たれたままでした。それに、志貴様も慌てているせいか、ベッドも乱れたままでした。ですが、今回は窓も閉じられてましたし、ベッドにも乱れた様子はありません」

「わー、翡翠ちゃん、よく気が付いたわね。流石にいつも志貴さんを見つめているだけのことはあるわ」

「ね、姉さん」

『志貴さんをみつめている』のフレーズに反応したのか、翡翠は少し恥ずかしげにうつむいた。

「わ、私は志貴様付きのメイドとして、その、常に心配りを忘れないというか・・・」

しどろもどろになる翡翠。

琥珀はそんな妹に、優しげな、それでいて少し羨ましげな視線を向けた。

「確かに、昨晩志貴さんを連れ出したのは、アルクェイドさんじゃないわ」

「姉さん、知ってるの?」

翡翠は驚いて顔を上げた。

「ええ。志貴さんを連れ出したのは、志貴さんの古いお友達、いや昔馴染みかな」

「それで姉さん、志貴様は・・・」

「大丈夫。心配ないわ。ここのところ、このお屋敷も秋葉様とアルクェイドさんのいさかいや、シエルさんのアルクェイドさんのバトルなんかで落ち着かなかったから、志貴さんには少し落ち着いたところで休んできてもらおうと思って」

「そ、それで何時頃戻られるの?」

「多分、すぐ帰ってくるわよ。少し長めのお散歩程度かな」

「そうなんだ」

そう言うと、翡翠はホッとしたように、大きく息をついた。

「でも翡翠ちゃん、秋葉様には内緒よ。志貴さんのためにも」

「ええ。わかっています」

『志貴のため』というせいか、翡翠は気を引き締めてはっきりと頷いた。

「それに、志貴さんが黙っていてくれたら、私達をどこかに連れていて下さるって」

「志貴様が!」

翡翠は驚いた顔を浮かべた。

志貴が屋敷に戻ってきてからそれなりに日が経ったが、翡翠は志貴と出かけたことは一度も無い。

琥珀にしても、近所に買い物にいくぐらいならあるが、やはり志貴と出かけたことは無かった。

だが志貴は昨晩、『見逃してくれる代わりに、慰労の意味もこめて、二人をどこかに連れて行くよ』と言っていた。

もちろん、志貴は琥珀達が内心志貴と出かけたかったのを見抜いたわけではないのだろう。

そういう事に関しては、驚くほど鈍い。

だが、何の打算も無く、相手が望むことをしてしまう。

―――志貴さんらしいです。

その時のことを思い出して、琥珀は小さな笑みを浮かべた。



「何を着ていこうかしら。今から楽しみね、翡翠ちゃん」

「わ、私は・・・」

翡翠は頬を軽く染めて、ポーっとしてしまった。

すでにその頭の中では、数少ない私物の中から、その時に着ていけそうな服を選び始めていた。



自分の世界に入ってしまった翡翠を楽しそうに見ながら、琥珀は夜食の準備をするために、台所に戻ろうとした。

「あ、姉さん」

「なあに?」

そんな琥珀を呼び止めて、翡翠はまだ若干頬を染めたままだが、いつも通りの冷静な口調でこう告げた。

「私に内緒で、秋葉様の部屋を掃除するのは止めて下さい。あの部屋には、壊してはいけないものが沢山ありますから」

「別に、壊すって決まったわけじゃないのに・・・」

先ほどまでの楽しげな表情とは一変、琥珀はがっくりと肩を落とした。






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