Everyday I'm looking for a rainbow.
life-prolonging EPISODE:05 2004.11.20



「かすかだけど、魔力を感じるわ」

驚いてシエルはアルクェイドに詰め寄った。

「誰の魔力かわかりますか?」

だが、アルクェイドは横に首を振った。

「それじゃ意味ないじゃない!」

思わず悲鳴に近い声をあげる秋葉。

「いえ、そうとは言い切れません。魔力をたどっていけば、少なくとも遠野君の足取りを追う事はできます」

そう言うと、シエルは真剣な目をアルクェイドに向けた。

「追えますか?」

その言葉に、アルクェイドはしっかりと頷いた。




life-prolonging
- EPISODE:05 -





「形あるものは必ず壊れる」

両手の指先からは、音も無く青い光が溢れる。

「それは定め。どんなものも、その定めからは逃れられない」

青い光が『魔眼殺し』を包み、白い炎が燃え上がる。

「でも、壊れても直すことは出来る。それに、壊れないように手入れをしてやることも出来るのよ」

炎がはじけ、後には輝きを取り戻した『魔眼殺し』だけが残されている。

「まあ、こんなところかしらね。はい、どうぞ」

青子は膝の上の志貴の顔をごろんと上に向かせると、そっと眼鏡をかけさせた。

「やっぱり志貴は眼鏡が似合うわね」

「ありがとうございます、先生」

そう言うと、志貴はゆっくりと体を起こそうとした。

青子は志貴の額に手を置いて、それを押し留めた。

「メンテナンスが必要なものは、『魔眼殺し』だけじゃないのよ」

志貴の髪に指を通しながら、青子は続けた。

「あなたもよ、志貴。あなたも随分とくたびれているわ」

「そうですか?まあ、もともと丈夫では無いので」

そう言って苦笑する志貴。

「そういうことを言っているんじゃないの。精神の奥底で、淀みのように疲れが溜まっているわね。それに気付いていながら、ただ前に進もうとしている。生き急いでるというのかしら」

サァーっと、夕暮れの風がふたりを撫でていく。

「気持ちはわかるわ。あなたは私が思っている以上に、真っ直ぐに育った。でも、ともすれば前しか見えなくて、視野が狭くなっていることにも繋がってしまったようね」

志貴は何も言わない。

ただ、見上げている。

その瞳に映るのは、青子の赤い髪。そして、赤い夕暮れの空。

「あなたの『魔眼殺し』はね、傷だらけだった。特に端の方が。そんなことにも気付かないぐらい、あなたは真っ直ぐに生きてきたのね」

志貴の胸に手が置かれる。

そこから、志貴の鼓動が青子に伝わる。

「でも、それだけでは駄目よ、志貴。形あるものは必ず壊れる。それはあなたが一番良く知っていること。でもね、壊れないようにするのも大事。それには、色々な事に頼ることも必要よ。もうあなたは、自分を隠さなくても大丈夫な人たちを見つけているのでしょう?」

ふーっと、志貴は大きく息を吐いた。

「先生にはかなわないね」

「あら、今ごろ気付いたの?」

ふたりで微かに笑う。

「確かに、どこか壊れてしまった自分は、自分で何とかしなきゃいけない。そう思っていました。それが自分を縛っていたことも知らずに」

志貴の腕があがる。その手が、天を掴むように握り締められる。

「どうしても、いつも先の事を考えてしまう自分がいるんです。自分に残された時間、自分に残される人たち。これまでの経験で、日常の何気ない幸せが、とても簡単に壊れてしまうことを知りました。だから、無意識にどこかで焦っていたんでしょうね」

そっと、その拳に青子が手を添える。

「わかればいいの。今日みたいに、時々立ち止まって、ぐるっと周りを見渡すこと。それが出来れば、あなたはもっと素敵な男の子になれるわ」

そのまま、志貴の頭を抱くようにして、その前髪を軽くかきあげた。

「これからも、自分がいいと思うことをしなさい。自分を騙すことなく、ね。」

そして、志貴の額に、そっとくちづけした。





「さて、と」

青子は勢いよく立ち上がった。

その反動で、志貴は青子の膝から勢いよく転がり落ち、したたかに頭を打ちつけた。

「アイタタタ、何するんですか、先生」

「そろそろ時間よ」

そう言って、青子はすっと遠くを指差した。

そこには、小さいが存在感抜群の3つのシルエットが見て取れた。

志貴があちゃーっと、大袈裟に肩をすくめた。

そんな志貴を軽く笑うと、青子は空間をなぎ払うように腕を大きく振るった。

すると、そこに裂け目が生まれ、その先には見慣れた遠野家の庭があった。

「何したんです?」

「空間を壊しただけよ」

あっさりと答える青子。

本当は非常に高度な魔術であり、単に手を振るうだけではなくそれと同調する詠唱が高速に行われたわけだが、見た目には確かに「何も無いところ」を壊しただけだった。

まさに『壊すこと』を最も得意とする、青子ならではの魔術である。

「ほら、急ぎなさい。捕まったら何されるかわからないわよ」

「それじゃ、お言葉に甘えて」

志貴は器用に、その裂け目に体を滑り込ませた。

「では、先生もお元気で」

それに軽く手をあげて応えると、青子はもう一度腕を振った。

空間は元に戻り、そこには何事も無かったかのように、再び夕暮れの風が通り抜けていった。





〜 〜 〜 〜 〜






1段、いや2段抜かしで階段を駆け上がる。

傾いたドアを叩きつけるようにして開け放ち、屋上に出る。

するとそこには、腰まで届く赤い髪を風にたなびかせた、すらっとした女性が立っていた。


「こんにちは。いえ、もうこんばんわかしら」

秋葉、シエル、そしてアルクェイドを前にして、その女性は何の構えも取っていなかった。

「ミス・ブルー。何故あなたが?」

シエルが一歩前に出る。

その手には、いつのまにか黒剣が握られている。

青子からは殺気が感じられないが、シエルらしい用心深さだった。

「何故って、志貴とは古い馴染みだからね。あなた達よりも前に知り合ってるわよ」

絶句するシエル。

それもそのはず。蒼崎青子といえば、世界で5人しか存在しない魔法使いのひとり。

いくら志貴がイレギュラーな存在とはいえ、そう簡単に知り合える存在ではない。

ましてや、シエルでさえ顔を知っている程度で、協会の中でも親しい者がいるか怪しいぐらいなのだ。

「兄さんをどこへやったんです?」

固まったシエルを押しのけるようにして、秋葉が進み出てきた。

その髪は青子に負けないぐらいに赤く染まり、狙った獲物は逃がさないとばかりに、ゆらゆらと浮き上がっていた。

「どこへもやりゃしないわよ。ちょっとお茶してただけ。あんまり束縛すると、愛しのお兄様に逃げられるわよ」

「なっ!」

髪と同じぐらい顔を真っ赤にして、秋葉は口をぱくぱくさせた。

変わってアルクェイドが、胡散臭そうな視線を青子に向けながら、口を開いた。

「で、志貴はどうしたの?さっき空間が歪んだわ。それで志貴を逃がしたんでしょう?」
「流石は真祖のお姫様ね。その通りよ」

「それで?」

先を促すアルクェイド。

そんな彼女を見て、青子は面白そうに言った。

「あなたも変わったわね。死徒を狩っていた頃とは大違い。志貴のおかげかしら?」

「ええ。全部、志貴が壊してくれたわ。だから志貴には責任とって貰うの」

「なんですか、その責任を取るって言うのは!」

相変わらず赤い顔のまま、秋葉がアルクェイドに食って掛かった。

「それではまるで兄さんとあなたが、その、けっ、結婚するみたいじゃないですか!!!」

「うん。そうかも」

「そんなの、絶対に認めません!」

「えー、なんでよー」

「認めないったら認めません!!!」

そんなふたりをみて、青子は声をあげて笑った。

「何がおかしいのです、ミス・ブルー」

「いや、志貴が本当に素敵な男の子に育ったなって。まさかここまで女ったらしになってるとは思わなかったけど。あなたもなんでしょう?シエル」

「・・・まあ、そうですけど」

どこか諦めたように答えるシエル。

「でも、志貴はちょっと優しすぎるかな。それに、朴念仁なんだろうね」

そう言って、腕組みをしながらステップを踏むように、青子はその場を回り始める。

「まったく、その通りです。誰にでも見境無く力を貸してあげるのに、その好意には全く気付かないんですよ」

「確かに、兄さんは人の事には非常に敏感なのに、自分の事となると途端に疎くなりますから」

「そうだよねー、志貴は人には色々言うくせに、自分が言われてもちっともわかってくれないよねー」

3人はウンウンと大きく頷いた。

「でも、それが志貴のいいところでもあるんでしょ?」

「ええ」「まあ」「そうね」

そう言って、今度は3人とも少し頬を赤く染めて、小さく頷いた。





「それじゃ、志貴のことよろしくね」

青子は傍らにあった古びた皮のカバンを持つと、ひらひらと軽く手を振った。

「待って、兄さんは!」

「すぐわかるわよ」

そう言うと、青子の足元が青白く輝きだす。

「しまった、魔方陣!」

そう、青子はシエル達と話しながら、ただうろうろしていた訳ではない。

その足元にさりげなく転移用の魔方陣を刻んでいたのだった。

慌ててアルクェイドが飛び掛るが、一瞬早く光が青子を包む。

カッと、眩いばかりの閃光がきらめき、後には何も残されていなかった。

「やられたわね・・・」

「兄さん・・・」

がっくりと肩を落とす3人。

「ここにいても始まりません。一旦戻りましょう」

シエルの提案に疲れたようにうなずくと、3人はもと来た道を帰っていった。





〜 〜 〜 〜 〜






「おかえりなさいませ」

「お茶の用意はできていますよー」

居間の扉を開けると、そこには琥珀と翡翠、それに志貴の姿があった。

「兄さん・・・」
「遠野君・・・」

「やあ、3人とも、お疲れ様」

そう言って、志貴は屈託の無い笑みを見せた。

秋葉とシエルは怒る気力も無くしたのか、どっかりとソファに腰をおろした。

「志貴ー!」

ただアルクェイドだけが、志貴に飛び掛っていった。

「おっと」

「志貴、志貴、志貴!」

胸に飛び込んできたアルクェイドを、志貴は優しく受け止めた。

そして、幼子を癒すかのように、その髪を優しく撫でつけた。

アルクェイドは嬉しそうに喉をならして、志貴の胸に頬をこすりつけた。

「心配したよ〜、志貴」

「そうか、ごめんな、アルクェイド」

「だからね、志貴」

アルクェイドは顔をあげ、屈託の無い笑みを浮かべて言った。

「責任とってね」





苦笑いを浮かべる志貴の前では、三つ巴の争いが続いている。

「何がいけないのよ!」

「全てです!今すぐ決着をつけてあげやがりますこの馬鹿女!!!」

「そうです!兄さんにくっつく悪い虫は今すぐ排除して差し上げます!!!」

「ふたりとも、おーぼー。それをヒガミとかサカウラミって言うんだよ」

「まだ言いやがりますかこのアーパーは!」

「そもそもなんであなたがこの屋敷にいるんです!とっとと出て行きなさい!!!」

それを、志貴は優しい目で見つめていた。

「これが、自分のいいと思うことかな?」

「そうなんですか?」

ふと視線をあげると、そんな志貴を琥珀が優しい目で見つめていた。

「ああ。だから、こんなにも楽しいんだと思う」

そう言ってまた、3人に優しい目を向ける。

琥珀はあらあらと言った感じで、志貴の隣にちょこんと腰掛けた。

「志貴さん、ちゃんと覚えていますか?」

笑顔のまま、視線だけを琥珀の方に向ける志貴。

「ちゃーんと、ご褒美下さいね」

そう言って、琥珀はさりげなく、志貴の肩に体を預けた。

気が付くと、反対側に翡翠が陣取り、同じように志貴に体を預けてきた。

「ああ、もちろん」

そう言って、志貴は窓の外に目を向けた。

外は夕焼け。

その赤い空は、彼のただ一人の先生である、赤い髪の女性を思わせた。

「また、いつの日か」

そう呟く志貴。

それに応えるかのように、夕焼け空に風が舞い、まるで手を振っているかのように、木々が優しく揺れていた。



――― FIN ―――




PostScript
このSSも長かったですね。1話と2話の間が(苦笑)。
これも紫陽花と同じで、サイト立ち上げ時に急遽プロットを仕上げたSSです。
サイト立ち上げ後は他の月姫SSに力を入れていたので放置していたのですが、意外と続きを希望される方が多く、他より優先させて仕上げました。
それでも結構時間がかかってしまいましたが(苦笑)。

この作品は、志貴と蒼崎青子の関係を自分なりに解釈することで生まれたものです。
志貴の周りには数多くの信頼できる人たちがいますが、その中で最も彼を理解し、また彼が理解者と認めているのが、蒼崎青子という存在だろうと思っています。
『恋人』でもない、『親友』でもない。でも、本当に必要とされている存在。そんな関係が上手く表現できたらと思ったのですが・・・いかがでしたでしょうか?

まあ、小難しい話はさておき、この作品を少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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