Everyday I'm looking for a rainbow.
虹がおりる丘 EPISODE:1-01 2003.01.05


雲ひとつ無い青空だった。



「ふぅ・・・」

手を大きく横に開き、息を吸い、吐く。また吸う。

それから、手をかざす。まなざしから太陽を隠すように。

息を止め、ゆっくりと腕を広げてゆく。

やがて腕が肩より下がり、大きく息を吐いて力を抜く。



青空には、きれいな虹がかかっていた。






虹がおりる丘
- EPISODE:1-01 -







「相変わらず見事な腕ね、タダシさん」

「誉めても何も出ませんよ」

そう言って笑うと、目の前の女性、シスター・フローレンスもつられたように笑った。



ここは小さな国の小さな街。

一方をなだらかな丘に、そしてもう一方を湖に接している穏やかな街。

特に目立った特産品も無く、かといって何か不便なことも無い、至って普通の街だろう。

世界が産業革命の波に乗り、世の中が鉄と油で満たされていった。

もちろん、それは不幸なことじゃない。

便利になることは、同時に新たな可能性を人に与えるものだ。

今まで人の手でしか出来なかったことを機械がすることにより、人の手は新たな道を選んでゆける。

だから、冷たい機械に触ることは、決して嫌ではなかった。

ただ、それ以上に、緑と、人のぬくもりの方が好きだった。

だから、俺は、カワサキ タダシは、まだ人が主役でいられるこの街に移ってきた。

そして一族代々伝わる能力、この「虹を架けることのできる力」を使い、それを生業にして、この街で静かに暮らしている。

今日もまた街の名士の依頼で、教会に隣接する観光客目当ての展示会のバックに、やや小さ目の虹を一つ架けたところだった。



「ご苦労様。折角だから、教会で少し休んでいきます?」

「ええ、そうさせて頂きます。これ、見た目以上に疲れるんですよ」

「そう?その割には、汗一つかいているように見えないけど」

「体を動かしているわけではないですからね。まあ、長時間お祈りしたようなものですよ。じっとしていると疲れるような、そんな感じかな」

「あら、私は何時間祈りを捧げていても、疲れないわよ?」

俺は自分の負けという感じで、肩を竦める。シスターは口に軽く手を当てて笑っていた。
そして、自分が先導して教会の中に入っていく。

「やれやれ」

そうつぶやくと、俺も教会の中へ入っていった。



〜 〜 〜 〜 〜




「はい、どうぞ」

「いただきます」

教会の奥の一室、普段は街の人の悩みを相談する部屋で、お茶を頂いている。

シスターが自分の部屋ではなく、音の漏れないこの部屋へ案内したということは、何が問題があるのだろう。

俺は、それとなく話を振ってみた。

「久しぶりですね。この部屋に案内されるのは」

「そうね、ここの所落ち着いてたからね」

「つまり、落ち着かない事態が起きたと」

「そうね」

そう言って、シスターは格子の隙間から、窓の外に目を向けた。

「この教会が孤児院を併設しているのは知ってるわね」

「ええ、色々と手伝わされてる、もといお手伝いさせて頂いてますから」

実際、この孤児院で行われる行事には、よく手伝いに来ている。

ここは男手が足りないため、特に力仕事が必要な場合には必ず呼ばれていた。

「この孤児院をね、閉鎖するの」

「えっ!?」

「正確に言うと、もう少し大きな街の教会の孤児院に吸収されるのだけど」

「どうして・・・」

「まあ、はっきり言ってお金が無くなったのよ」

「はっきり言い過ぎです」

俺は苦笑するしか無かった。

「でもね、実際問題、寄付が集まらなくてやっていけないのよね」

「そうでしょうね。教会に来る人が増えてますから」

教会に来るのは、祈りに来る人、もしくは恵みを求めに来る人である。

教会に寄付をするのは、教会に来ずともその恩恵に預かろうとする富裕層が多い。

もちろん全てがそうとは言えないが、現実として概ね間違ってはいないだろう。

その富裕層は、富を求めて賑やかな都会の街に移り住むようになっていた。

無理も無い。いくら産業革命の影響があるとは言え、この街の豊かさは都会とは比べるべくも無い。

この穏やかな街では、現状を維持するぐらいのものだろう。

突然豊かになるとは思えないし、かといって突然不況に襲われるとも思えない。

もっとも、俺はその穏やかさが気に入っているのだが。

全てが変わり行くようなこの時代。一つぐらい変わらないものがあっても良いと思う。

(退屈しない程度に、ね・・・)

「でね、教会を維持するぐらいなら何ら問題はないのだけど、あれだけの子供達と職にあぶれた老人と、その両方を養う力は今の私たちには無いの」

思考が現実に引き戻される。

機械化の波に乗り遅れ、職を失った老人達が再び職に付ける可能性は少ない。むしろ、今後そういった者が増えていくのだろう。

確かに、その両方を養っていけるほど、教会が裕福とは思えなかった。

「やむをえませんか」

「そうね。あの子達が、新しい所に馴染めるか少し心配だけれども」

「寂しくなりますね」

「ええ」

そう言って、二人で窓の外で遊ぶ子供達を、黙って見続けていた。



〜 〜 〜 〜 〜




「ひとつ、お願いがあるんだけど。いいかしら」

「何でしょう?」

お茶が無くなった頃合を見計らって、シスターが口を開いた。

「ここの孤児達のうち、働けると思う子は、働いてもらうことにしたわ。この街を離れたがらない子も多いしね」

「でしょうね・・・」

子供達には、この街は居心地が良いと思う。

それに、見知らぬ土地に好き好んで行きたがる子供ばかりではないだろう。

まして旅行などではなく、再びここに戻れる保証など無いのだから。

「そこでね、カワサキさんのところでも、2〜3人引き取ってもらおうと思ってるんだけど」

「はっ?」

「ほら、あなた、何気に良い暮らししてるじゃない。家も大きいし」

「いや、それは単に大きな家に憧れていただけであって。。」

「お仕事も順調だし。私もいろいろな所で口をきいてあげてるんだけど」

「それは感謝していますが・・・」

「その割には、なかなか寄付が渋かったような気がするわ」

「・・・」

痛い。

確かに俺はあまり寄付をした記憶が無い。

神に縋って生きているわけではないからかもしれないし、人に何かを恵むことに、何らかの傲慢さを感じてしまうからかもしれない。

何となく、純粋に寄付をしようという気持ちになった事は無かった。

まさか、それがこういう形で跳ね返ってくるとは。

(これが天罰という奴なのか・・・)

顔をしかめながら、ささやかな抵抗を試みる。

「ウチ、今のところ人材募集はしてないんですけど」

「なら今からすれば?」

「いや、人手足りてるんで」

「そう?あの大きな家の隅まで手入れが出来ているとは思えないけど」

「使ってない部屋は掃除してませんし」

「あら、じゃあやっぱり人手が必要ね」

「ぐっ・・・」

墓穴を掘った。確かに、使っていない部屋はほとんど入っていない。

以前、突然の来訪者に困った記憶がある。

「そう言えば、税金の申告は済んだの?」

「ええ、おかげ様で」

「財務局から督促来てたもんね」

「あの時は本当に大変でしたよ。さっぱりわかりませんでしたから」

「カワサキさん、そういうの苦手だったものね」

「そうですね。ああいった細かい制度や数字ごとは苦手なんですよ」

「そういう事の出来る人がいてくれるといいわね」

「まあ、いるに越したことはありませんね」

「もう一人必要ね」

「・・・」

しまった。

どうも今日は分が悪い。

シスターにはこの街に来てからずっと世話になっているせいか、気が付くと頭が上がらなくなっている。

このまま続けても、引き分けにすら持ち込めないような気がした。

「急な話なんで、少し考えさせてもらえますか?」

「ええ。いいわよ」

俺は軽く溜息をついて、席を立った。

「また相談に来ますよ」

「ええ、いつでも相談にのるわ」

笑顔を浮かべるシスター・フローレンス。

(譲る気は無さそうだなあ・・・)

彼女は彼女なりの考えがあってのことなのだろう。

自分の事だけではなく、引き離される孤児たちの事を考えて、最良の策を探している。それは間違いない。

(さて、どうしたものか・・・)




こうして、物語は幕を開けた。




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