Everyday I'm looking for a rainbow.
虹がおりる丘 EPISODE:1-02 2003.01.12


「急な話なんで、少し考えさせてもらえますか?」

「ええ。いいわよ」

俺は軽く溜息をついて、席を立った。

「また相談に来ますよ」

「ええ、いつでも相談にのるわ」

笑顔を浮かべるシスター・フローレンス。

(譲る気は無さそうだなあ・・・)

彼女は彼女なりの考えがあってのことなのだろう。

自分の事だけではなく、引き離される孤児たちの事を考えて、最良の策を探している。それは間違いない。

(さて、どうしたものか・・・)




こうして、物語は幕を開けた。





虹がおりる丘
- EPISODE:1-02 -






「さて、どうするか」

シスター・フローレンスから依頼を受けた翌朝、俺は一人で優雅な朝食の席についていた。

(優雅と言っても、ベーグルと紅茶だけだけどね。)

毎朝代わり映えしない朝食だが、あまり気にはしていない。こうして穏やかな朝が迎えられることが最も優雅なことだと思っている。

一時期は朝を迎えることすら苦痛だったこともある。

(過ぎたことだ。)

窓を開けると、さわやかな風が吹き込んできた。

春。

出会いと別れの季節。

(別に出会いと別れは、春に限ったことではないけれど・・・)

そうした出来事が多いのも事実。

「孤児院が閉鎖されるのも、そのひとつ、か」

正直なところ、あの教会の維持が難しくなっていることに気付かなかった。

シスター・フローレンスが上手に隠していたのだろう。

産業革命は良くも悪くも、この街にも影響を及ぼしている。

そして、変わることを強いている。

その中にあって、唯一変わらないものとして、教会がある。そうしたかったのだろう。

しかし、教会は営利を追求する存在ではない。

経済的に自立できない教会では、自ずと限界がある。

「まあ、ここまで良く持ったと言うべきなんだろうなあ・・・」

もっとも、その余波が自分に降りかかってくるとは思ってもみなかったが。

とりあえず今日は仕事が無い。

誰かに相談しようか迷ったが、止めておくことにした。

孤児院が閉鎖されることはまだ街の皆に知らせてないのだろう。

それを外部の人間である自分が口にするのははばかられた。

何より、自分の一番の相談相手はあのシスターなのだから。

「ゆっくり考えるか」

そう言って、朝食の食器を片付け始めた。



〜 〜 〜 〜 〜




カランカラン。

ちょうど昼近くなった頃。

久しぶりにのんびりと読書にふけっていると、ドアのベルが鳴った。

(郵便屋か?)

窓から外を見ると、複数の影が見えた。どうやら違う気がする。

とりあえず返事だけして、席を立った。

そして、ドアを開けた。

するとそこには、3人の女性が立っていた。

3人とも少女と言うほどの幼さは無く、かといって大人の女性という程でもない。

どういうわけだか、それぞれが大きなボストンバックを足元に置いていた。

(行商人には見えないが・・・)

そう首をかしげていると、一人の女性と目が合った。

「こんにちは」

そう言って、ブロンドの、やや撥ねた感じのヘアスタイルの女性が笑顔で言った。

続いて、やや青みがかったロングヘアの、眼鏡をかけた女性が口を開いた。

「聖ブリジット教会より参りました、キャロラインです。こちらがエレノア」

先ほどのブロンドの女性がひらひらと手を振る。

「そしてこちらがメアリーです」

エレノアと呼ばれた少女の隣で、赤毛のショートヘアの女性が深々と頭を下げた。

「私たち3人、本日よりカワサキ様にお仕えさせて頂きます。至らない点があるとは思いますが、誠心誠意お仕致しますので、どうぞよろしくお願い致します」

最後にそう言って、キャロラインと名乗った女性とその隣の2人が深々と頭を下げた。

「・・・はっ?」

俺は全く話についていけなかった。



〜 〜 〜 〜 〜




「何も伺っていない、そういうことですか?」

「いや、そうでは無いんだけどね・・・」

ここは応接間。

あまり玄関で呆けている訳にも行かなかったので、一旦この応接間に通すことにした。

最近あまり入ってなかったので、多少埃っぽい気がする。

(仕方が無い、か。)

俺は彼女達に気付かれないよう、軽く溜息をついた。

まさかシスターが、こうも先手を打ってくるとは思わなかった。

というか、昨日の今日だ。あの人の中では予定通りなのかもしれない。

「えっと、シスターは何て言っていた?」

「はい、シスターは私たち3人がカワサキ様にお勤めさせて頂く事になったから、粗相の無いようにと。ただそれだけでした」

「え、じゃあ孤児院のことは?」

「もちろん聞いております。寂しいことではありますが、皆が路頭に迷うわけではありませんので」

「そうか」

「ただ、聞かされているのは私たちを含めて、年長の者だけです」

「それはしょうがないだろうな」

そう答えて、改めて3人に目を向けた。

3人とも全く見覚えが無いわけでもない。孤児院には割と頻繁に出入りしていたので、そこで会っている筈だ。

ただし、それ以上の面識が有ったという記憶も無い。

俺は孤児院でも、どちらかというと小さな子達の相手をすることの方が多かった。

ここにいる3人は、まだ大人とは言えないが、もう子供とも言えない。おそらく16から19歳ぐらいだろう。

そのぐらいの年齢になると、孤児院の中よりも教会でシスターの補助をしたり、街での奉仕活動に出る方が多い。

自然と孤児院の中で手伝いをしていた俺とは、すれ違いだったはずだ。

「何か問題でも?」

じっと彼女達を見つめるだけだった俺に、キャロラインがいぶかしげに口を開いた。

「いや、そういうわけじゃない。ただ、俺はシスターから何人か引き受けて欲しいという依頼はされたが、まだ受けたわけじゃないんだ。少し考えさせてくれと言ったんだが」

「そうなんですか」

キャロラインが困った顔をする。

そう言えば、さっきから話をしているのはキャロラインだけだ。

3人の中で最も大人びた雰囲気を持つキャロラインが、この中ではリーダー的存在なのだろうか。

他の2人はというと、メアリーと言った女性は、じっとこちらを見つめているだけである。

前髪が長く、目を隠すようにしている。そのため、その表情は窺い知れない。

もう1人のエレノアは、メアリーとは対照的だった。ずっと落ち着かずに、部屋のあちこちに視線を這わせては「へー」だの「ふ〜ん」だのとつぶやいている。

見ていて飽きないかもしれない。

しかし、このままじっとしているわけにも行かない。

「悪いんだけど、俺はちょっとシスターと話をしてくる。それまでここで休んでいてもらえるかな」

「話、ですか?」

「ああ、そもそも今日キミらが来ることも聞いてなかったんでね。いくつか確認したいこともあるし」

俺はそれだけ言うと、応接間を飛び出し、シスターの所へ走っていった。

(いくらなんでも、これは無いだろ!)

そう心の中で叫びながら。



〜 〜 〜 〜 〜




「困りましたね」

それまで黙っていたメアリーが口を開いた。

「メイ、全然困っていそうに見えないんだけど」

そう言ってエレノアは立ち上がると、うーんと伸びをした。

「あはは、何か面白そうなことになったね」

「面白いで済むといいのだけど」

こちらは本当に困った顔で答えるキャロライン。

確かに自分達を送り出したシスターが、寂しがるどころか妙にニコニコしていたので、キャロラインは気になっていた。

しかし、それがまさか自分達のことを雇い主に伝えていないとは思わなかった。

「まあ、何とかなるんじゃない?。彼、いい人だし。それに、凄いよね」

「何がですか?」

「私たちをここに残したまま、家を飛び出していっちゃうなんて。なんか彼、私たちのことあんまり覚えてい無さそうだったじゃない?。そんな良く知らない人だけを家に残しておくなんて。私たちが実は泥棒だったらどうするのかしら」

そう言って、エレノアはころころ笑った。

「でもエリー、それがタダシさんの良いところでしょう」

「まあね」

そう言ってエレノアが部屋を見渡す。

「それにしても埃っぽい部屋ね」

「そうね。あまり使われていなかったみたいね」

確かにこの応接間らしき部屋は、あまり人の気配がしなかった。

「しっかし、ヒマねえ」

もの珍しそうに棚を開けているエレノア。

「エリー、駄目よ、勝手に触っては」

「えー、いいじゃない、別に」

キャロラインが軽く睨むが、エレノアはそのぐらいでは動じなかった。

「掃除しましょうか」

エレノアほどでは無いにしろ、部屋のあちことに視線を向けていたメアリー。

どうも彼女は、あちこちに薄っすらと積もっている埃が気になったらしい。

そう言うと、自分の鞄の中からはたきを取り出した。

「メイ、何でそんなの持ってきてるわけ?」

「仕事道具の一つですから」

呆れたような視線を向けるエレノア。だが、メアリーにまったく気にする様子は無い。

「そうね、お掃除しましょうか」

「キャリー、本気で言ってるの?」

「ただ待ってるだけでは退屈でしょう?」

「そうだけどさ・・・」



やがて応接間の窓が開き、中からパタパタと埃を払う音が聞こえてきた。



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