Everyday I'm looking for a rainbow.
虹がおりる丘 EPISODE:2-04 2004.10.03



「できれば仕事の合間は二人だけでお茶を飲みたいと思っていますので。」

一息でそう言うと、キャロラインは顔を伏せ、わざとらしく手を動かし始めた。

思わず、笑いがこみ上げてきた。

今までの仕事振りからキャロラインをすっかり大人だと思っていたのだが、よくよく考えてみればまだまだ少女と言ってもよい歳なのだ。

ずっと顔を上げない彼女に歳相応の可愛らしさを垣間見て、なんとなくうれしく思った。

「ああ、次からはそうしようか。」

「ハイ。」

相変わらずキャロラインは顔を上げようとしない。

ただ、その口元には、抑えきれないかすかな笑みが浮かんでいた。




虹がおりる丘
- EPISODE:2-04 -





結局、今日は昼食をはさんで夕方まで翻訳の仕事を続けた。

キャロラインも黙々とファイリングをこなしていく。

メアリーとエレノアもそれぞれ任された仕事を淡々とこなしているのか、午後はまだ姿を見ていなかった。

「これで良しと」

俺は最後のページを閉じ、ペンを置いた。

もう少し時間がかかるかと思っていたのだが、予想以上にはかどった。

これもキャロラインがいてくれたおかげだろうか。

単純に一部の作業を分担できたというだけではなく、やはり他人の目があるとなんとなく手を抜きにくい。

(・・・そういえば、いつもなら途中で飽きて何度も関係の無い本を読みふけったりしたなあ)

くくっと、口の中だけで笑う。

「ご主人様?」

いぶかしげな顔を見せるキャロラインに笑顔を返して、席を立った。

「いや、今日は思いのほかはかどったよ。ありがとう」

「いえ、私はたいしたことはできませんでしたので」

そう言ってキャロラインは申し訳無さそうに目を伏せる。

「そんなことないさ」

座ったままのキャロラインの頭にぽんと手を置いた。

「いつもなら丸一日かかる仕事がもう終わったんだ。充分、たいした事をしてくれているよ」

それに、と俺は続けた。

「これ以上たいしたことをしてくれると、俺の仕事が無くなっちゃうからね」

「さすがにそこまでは」

キャロラインは笑顔で、口に手を当てて笑った。

「それじゃあ、ちょっと席を外すけど。休んだら?」

「ハイ。私はもう少し整理してから休みます。それに、ご主人様の仕事も見てみたいので」

「見るだけでなくてチェックまでしておいてね」

「まあ、ご主人様ったら」

おかしそうな表情を浮かべるキャロラインを後に、俺は部屋を出てリビングの方へと向かった。





〜 〜 〜 〜 〜






(さて、これからどうしようか)

今日はもともと翻訳の仕事で一杯一杯だろうと予想していたので、思わぬ空き時間ができてしまった。

ひとしきり悩んでみると、ふと昼食時のエレノアの言葉を思い出した。

『野菜なんですけど、今日の夕食分ぐらいしかありません。ベーコンとかはまだ充分にあるのですが』

確かに、元々料理をするのが面倒で、保存のきく食材ばかり食べていたような気がする。

もっとも、いきなり住人が4人に増えたわけで、それ相応の準備をしなければならない。

食材に限らず、日用品も4人分用意しなければならない。

(買い物に行くか)

そう思ってリビングをのぞくと、メアリーとエレノアが休んでいた。

「ふたりとも、お疲れ様」

「あ、ご主人様!」

エレノアは何がおかしいのか、満面の笑みを浮かべいる。

メアリーも前髪で目が隠れていてせいで表情は掴みにくいのだが、口元には笑みを浮かべていた。

「これから野菜やら日用品を買いに行こうと思うけど、一緒に来るかい?」

「もちろん!」

言うが早いか、エレノアは早速家を出ようとする。

「エリー、その格好はまずいでしょ」

それをたしなめるように、メアリーがエレノアの腕を掴んでこちらに向かって一礼した。

「ご主人様、着替えて参りますので少しだけお待ちいただいてもよろしいでしょうか」

「あ、ああ。もちろん」

「別にいいじゃない、この格好で」

「そんな汚れたエプロンしたまま外へ出るなんて、みっともないでしょ」

結局、エレノアはメアリーに引きずられるようにしてダイニングを出て行った。





5分も経っただろうか。

こざっぱりとした格好に着替えたふたりが再び戻ってきた。

「・・・結局メイド服なんだね」

「ええ。外出用ですが。何か?」

いや、と俺は首を振った。

普通の外行きの服を着てくるのかと思いきや、二人はフリルの少ない、シンプルなメイド服だった。

(これもシスターの策略なんだろうなあ)

たった数日顔を見ていないシスターだが、どうにも数時間おきに顔が浮かんできてしまい、なんとなく困った気持ちにさせられてしまった。

「あら、お出かけですか?」

その声に振り向くと、書類の整理を終えたのだろうか、キャロラインが顔を見せていた。

「ああ、ちょっと食材と日用品の買出しにね」

その言葉に、エレノアとメアリーがうんうんと頷く。

「エリー、夕飯の準備は終わったの?」

「いや、まだ途中」

「駄目じゃない」

「で、でも・・・」

「自分の仕事をほっぽっておいて、何言ってるのよ。ねえ、そうですよね?ご主人様」

そう言ってキャロラインは、何気に厳しい視線を向けてきた。

横ではエレノアが上目遣いに助けを求めている。

(う〜ん、何気に重大な選択肢?)

双方の視線が痛いぐらいに突き刺さってくる。

(・・・キャロラインには頑張ってもらったから、ここで彼女の発言を否定するわけにはいかないよなあ)

俺は肩をすくめると、苦笑いを浮かべながら言った。

「そういうことじゃ、しょうがないか」

「そんな〜、ご主人様〜」

「ほら、我がまま言わない!必要な食材はすぐにメモして、メイに渡しなさい」

「は〜い」

エレノアはしぶしぶと言った感じで、脇の棚にある紙に一通りの食材の名前を書き始めた。





「それじゃ、ちょっと行って来る」

「お気をつけて」

「夕飯、楽しみにしていてくださいね」

深々と頭を下げるキャロライン。一方のエレノアはひらひらと手を振っている。

タダシは軽く手を挙げて、メアリーと共に家を出た。



やがて二人の姿が見えなくなると、エレノアが口を開いた。

「キャリー、根に持ってるわね」

「何のことかしら?」

「お茶よ。タダシさんと二人きりの所にお茶を持っていったの、邪魔されたなんて思ってるんじゃない?」

「いいえ。ただ、あの娘のことも、ご主人様に良く知ってもらう機会を作らなくちゃいけない、そう思ってたから」

「ふ〜ん」

「何か不満でも?」

「まあ、そういう事にしておくわ」

「・・・」

「もっとも」

そこでエレノアは言葉を切り、意地悪く笑って言った。

「あなたがお茶を淹れたら、あの後仕事どころじゃなかったんじゃないかしら。本当ならもっと感謝して欲しいんだけどな〜」

キャロラインが悔しそうに唇を噛み締める。

「貸しひとつよ」

そう言って、エレノアは足音も軽く厨房に戻っていった。

後には『わたしだってお茶ぐらい』と呟きながらつめを噛むキャロラインだけが残された。





〜 〜 〜 〜 〜






街の中心にある市場。

ここにはさまざまな商店が並び、街で一番の賑わいを見せている。

いくら産業革命で人が大都市へ流れていったとはいえ、残された人は少なく無い。

それらの人々の生活を支えるのが、この市場であった。

「あまり考え無しに出てきてしまったけど、買うものわかるかな?」

「おまかせ下さい」

メアリーははっきりとした口調で答えてくれた。

その言葉どおり、メアリーはてきぱきと買い物を済ませていく。

料理こそエレノアに遅れを取るようだが、どうやらこうした家事全般は得意のようだ。

俺はすっかり荷物持ちと化している。

(それはいいんだけど・・・)

「よう、タダシ。嫁さん貰ったのかい?まったく水臭いなあ。そういう事は早く教えてくれよ」

「いや、だから違うんだって。メイド服着てるでしょ」

「そんなのは知ったことじゃないさ」

(頼むから知ってくれよ)

入る店入る店で、毎回こんな調子だ。

その度に、メアリーは真っ赤になってうつむいてしまう。

それはそれで可愛いのだが、そんなしぐさをされると、店のオヤジ連中がさらに調子に乗ってしまうのだ。

まあ、今日は初めてなのでしょうがないのかもしれない。

次からはこうはならないだろう。

・・・そう願いたいものだ。





「嫁さん泣かすなよ〜!」

そんな店主のだみ声を背に、雑貨屋を後にした。

「これで買い物は済んだかな?」

「ハイ」

メアリーは相変わらず顔を赤くしたままだった。

(こういう所は歳相応なんだよなあ)

そう思うと、思わず笑みがこぼれてしまう。

すると、市場の中央にある噴水の方から、何か賑やかな音楽が聞こえてきた。

「ちょっと見てみようか」

その言葉にメアリーは軽く頷き、二人で音のする方へと足を向けた。





市場の中央では、噴水を背に数人の楽隊が楽しげな音楽を奏でていた。

それに合わせて、同じく楽隊の仲間らしき人々が、明るい歌を歌っていた。

つられるように、通りがかった街の人々も次々と歌いだす。

「へえ、こんな事をやっていたんだ」

街の人々の表情を見ていると、別に特別なことではないらしい。

あまり足しげく市場に通ったことが無いので、俺が知らなかっただけのようだ。

その楽しげな歌声につられて、ついつい鼻歌を歌ってしまう。

すると、それに合わせるかのようにメアリーも歌い始めた。

「Greensleeves, now farewell,adieu ♪♪♪」

思わずメアリーの顔を見てしまう。

自分だけではない、同じように横で軽く歌声に参加していた老婦人も、驚いたようにメアリーに目を向けている。

「God I pray to prosper thee ♪♪♪」

その声は少女のものとは思えないほど澄み渡り、街に響いていく。

「For I am still thy lover true ♪♪♪」

気が付くと、楽隊が、街の皆が、メアリーに合わせるように声を紡ぎだしていく。

「Come once again and love me ♪♪♪」

そして、盛大な拍手が拍手が沸き起こった。





「素晴らしい。本当に素晴らしい」

そう言って、楽隊の隊長らしき人が声をかけてきた。

「驚きました。今まで聞いたことの無い、美しい歌声でした」

それに、メアリーは恥ずかしそうに頭を下げる。

「どうです、私たち楽隊に入り、これからも一緒に歌いませんか?」

「え、えっと、それは」

「あなたのような素晴らしい歌声の持ち主は、この国広しといえど、そう多くいるものではありません。ぜひ、私達と一緒に、国中を回ってみませんか?」

「いや、それはちょっと・・・」

(なんだかいきなり大きな話だなあ)

まあ、あの歌声を聞かされた後では無理も無いだろう。

正直、自分も相当驚かされた。

孤児院でも歌っていたはずだが、こんな済んだ声の持ち主だとは知らなかった。

そんなことをぼんやりと考えていたら、服のすそをきゅっと掴まれた。

見ると、メアリーが困ったようにこちらを視線を向けている。

どうやらあまりに熱心な誘いに、どう対応していいかわからなくなってしまったようだ。

(やれやれ)

「その辺にしてくれ。急にそんな話を振っても、答えられるわけ無いだろう」

そう言うと、俺はメアリーの手を取り、尚もしつこく勧誘してくる男を振り切るように、大またで歩き始めた。





〜 〜 〜 〜 〜






市場を離れ、2度3度と角をまがり、ようやく後ろを振り返った。

どうやらさすがに諦めたらしい。

通りには誰もいなかった。

「ふう、ここまで来れば大丈夫か」

そう言って大きく息をついた。

何気に買い物を済ませた後だったので、大きな荷物を抱えたまま足を速めてきたのだ。

少しだけ息が切れている。

「申し訳ありません、ご主人様」

見ると、メアリーが顔をうつむかせて小さくなっていた。

「いや、別にいいけど。いいもの聴かせてもらったしね」

「そんな」

うつむいたままのメアリーの頬に少しだけ赤味が差した。

「それより、あれで良かったのかい?向こうも悪気はなかっただろうし、折角誘ってくれたんだしね」

すると、メアリーはふるふると首を横に振った。

「いえ、いいんです。もともと形式ばって歌うこと興味はありませんし。それに、ただ歌うのではなくて、誰かの為に歌うのが好きなんです」

「ふ〜ん、そうなんだ」

(誰かのために歌うのが好き、か)

少し変わっているなあとは思いつつも、余計な詮索をするつもりは無かった。

大事なのは、メアリーの歌声が本当に素敵なものだということだなのだから。

「あの」

何?という感じで視線だけをメアリーに向ける。

すると、メアリーは軽く深呼吸をして言った。

「私の歌が聴きたい時には、いつでもおっしゃって下さい。ご主人様のためならば、いつでも歌いますから」





〜 〜 〜 〜 〜






結局、それから軽い雑談をはさみつつ、家へと帰ってきた。

家の前では待ちくたびれたのか、エレノアが腰に手を当てて待っていた。

「遅い、遅い、遅い〜!」

「ああ、ごめん。ちょっとゴタゴタしちゃってね」

俺は苦笑いしながらそう答えた。

まだ3日と経っていないのに、なんとなく主導権を少女達に握られてしまった気がしてしょうがない。

「まあ、次は気をつけるから・・・」

そこまで言って気が付いた。

どうやらエレノアはこっちを見ていない。

不思議に思ってその視線をたどって行くと。

「なんでわざわざ手を繋いでるんです?」

「あれ?」

すっかり忘れていた。

そういえば、あの楽隊から逃げるときにメアリーの手を引いたのだが、結局そのまま手を繋いできてしまったようだ。

(う〜ん、ちょっと悪かったかな)

俺は慌ててその手を離した。

「あ・・・」

メアリーが少し名残惜しそうな声をあげる。

そんなメアリーに、エレノアはじとっとした視線を向けた。

「まあ、お楽しみだったみたいね」

「何が?」

エレノアはそれには答えず、ふん!と回れ右をして屋敷の中に戻っていってしまった。

「何か悪いことしたかなあ?」

するとメアリーが、横から荷物を半分取って、屋敷の中に入っていく。

と、扉のところで振り返った。

「ご主人様、今日はありがとうございました」

そう言って、ぺこりと頭を下げた。

「いや、こっちこそ買い物がはかどって良かったよ。またよろしくね」

それに、メアリーは満面の笑みで答えてくれた。

その時、サーッと気まぐれな風が吹き、メアリーの前髪をかきあげた。

初めて見たメアリーの瞳は、その歌声以上に、とても澄んでいて綺麗だった。





ちなみに。

その日の夕食。

なぜかメアリーのおかずは、他の人より1品少なかった。


PostScript
これで第二部というか、日常編そのいちというか、キャラクター紹介編は終了です。
まあまあ、こんなキャラクターというか、メイド達です(笑)。
まだまだ書きたい事がたくさんあるので、末永くお付き合い頂ければ幸いです。

それはさておき。
作中でメイが歌ってるのは、単なるイングランド民謡「グリーンリーブス」です。そんなに特別な歌でもなんでもありませんので(苦笑)。

次はちょっとしたインターミッションを挟んで、これからは2〜3話完結ぐらいのイベントシーンを書いていこうかなと思っています。

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