Everyday I'm looking for a rainbow.
小夜鳴鳥 EPISODE:01 2003.01.05


「君には感謝すべきかな」

「・・・」

「ふぅ、君には迷惑をかけるな。今も昔も」

「人には相応しい役柄があります。お互い、それを演じてきただけのことでしょう」

「まったく、君らしいな。だが、いかなる役者も『自分』を演じることはできん」

「ならばお互い、一介の観客に過ぎないのでしょう。結末を知る術は、時の流れだけ」

「確かに、役者であれば筋書きを、そしてその結末を知っている、か。そういう意味では、私も役者だった時がある。自分が失敗することなど無い、そう思っていた若き頃だ」

「それで良いのではありませんか。自分が役者である時は、誰かが観客です。その逆もまたしかり。貴方が再び役者になることも、自然なことです」

「ふふ、なるほど。さて、歳を取ると話が長くなって済まんな。話はまとまった。私はこれで失礼するとしよう」

そう言って席を立つ。それに倣い、もう一人も席を立ち、そして一礼する。

後ろに控えていた女性が音も無く扉をあける。

一つの影が消え、そして扉が閉まる。



静寂。

「よろしいのですか?」

「・・・どう思う?」

「私の願いは貴方の願い」

「・・・」

「幸せに、なりましょう」

そして、幕が上がる。





小夜鳴鳥
- EPISODE:01 -






「わざわざ駅まで見送ってくれなくても良かったのに」

「最後まで逃げないように見張るのも、私の仕事だからな」

「あたしって、全然信用ないのね」

「前科がある」

「ふふ、冗談よ」

「・・・」

「それに、もう、逃げるところなんて・・・ね」

汽笛が鳴る。

笑顔を作る。彼の記憶に残る最後の自分を彩るために。

「じゃあ、行くわね」

「アイシャ」

「なあに?」

「私にとってお前との時間は、お前を磨き上げるのは何よりも楽しかった。今更だが、惜しいぐらいだ」

「そう・・・」

「出来れば」

「もういいわ」

「アイシャ」

「もういいって言ってるでしょ!」

遮る。恐ろしいものから目をそむけるように。

「ここは、橋の上じゃない。もう、終わりなのよ!」

指が絡まる。言葉ではなく、想いが伝わるように。

「最後に」

「聞きたくないって言ってるで・・・」

唇。そのぬくもりが体に広がる。心が、融ける。



ゆっくりと、体が離れる。それを待っていたかのように、列車が動き出す。

少しずつ、二人が離れてゆく。

「アイシャ」

「大嫌い」

「・・・」

「あんたなんか大嫌いなんだからね!」

寂しそうに笑っている彼の姿が、小さくなってゆく。。

やがて、それも見えなくなる。

(結局、最後まで彼には勝てなかったな・・・。)

「あれっ?」

気が付くと、手に雫がこぼれていた。顔に手をやり、初めて自分が泣いている事に気付く。

自分は直情的な所がある。だから、泣くのは特別なことではない。

ただ、自分が泣いたことに気付かなかったのは、今回が初めてだった。

「お姫様に、なりたかったよぅ・・・」

その声は、涙にかすれて何処にも届かなかった。



〜 〜 〜 〜 〜




「夢?」

見上げると、そこは見慣れた天井。カーテンの隙間から差し込む光が壁を反射し、天井に一筋の光を作っていた。

ゆっくりと手を顔に当てると、そこにも一筋、まだ乾ききっていない涙の跡があった。

けだるげに上半身を起こしながら、小さくため息をつく。

(なかなかふっきれないものね。)

あれからもう1年が経つ。アイシャが身請けされた先は、それまでいたバートンの屋敷から蒸気機関で1時間ほどの港町。

そこで成功した貿易商の、エドワード商会だった。

工業の飛躍的な発達により、著しく産業が発達したこの時代、新しい数多くの実業家を生み出した。

それまでの伝統的な名家だけでなく、一代で成功を収めた者も多い。

このエドワード商会の主、エリック・エドワードもその一人だった。

もう初老の域に差し掛かろうとしているエドワードだが、彼に妻子は無い。

その理由ははっきりしないが、それだけ事業に専念してきたのだろう。

そのせいか、一代で成り上がったものとは思えないほど、派手さの無い生活をしていた。

当初はそんな雰囲気に戸惑っていたアイシャだが、持ち前の明るさと物怖じしない性格で、今ではすっかりその場に馴染んでいた。

最初はアイシャと同じように戸惑いを隠せなかったエドワードのメイド達も、今ではすっかりアイシャを受け入れ、エドワードの屋敷は以前とは比べ物にならないほどにぎやかな場所となっていた。

元々エドワードはそうなることを期待した上でアイシャを身請けしたため、そういう意味でその判断は正しかったといえる。

ただ、問題がまったく無かったわけでもない。

それは、アイシャの贅沢。

もちろんエドワードと共に社交の場にでるため、それなりに着飾る必要はあったし、それが似合う女でもあった。

しかし、アイシャは必要以上に着飾ろうとする風があった。

それは、彼女自身が気づいていないかもしれないが、寂しさを紛らわすための行為に他ならない。

そして、アイシャに着飾ることを教えたのは、他ならぬフォスターである。

それは、良くも悪くも将来を見据えてのことだったのだろう。

これから起こる出来事の一因となったのだから。



コンコン。

「アイシャ様、起きられましたか?」

そんな声と共に、一人のメイドがアイシャの部屋の扉を開けた。

現れたのは、エドワードの屋敷のメイドたちを束ねているジェニ。年の頃は四〇代半ば。

長年エドワードと苦楽を共にしてきたのだが、それを感じさせない、やや小太りで表情豊かな女性だった。

アイシャのことも暖かく迎え入れ、何かと世話をやいてくれた。

メイドを束ねる女性というと、ついメーアやミュハが浮かんでしまったアイシャは正直にそのことを伝えたのだが、ジェニは

「人には向き不向きもあれば、時と場合ってこともある。あたしだって、怒ると怖いよ」

と言って笑った。それ以来、アイシャはこの暖かいメイドを特に信用していた。



「あらあら、アイシャ様。どうしました?。怖い夢でも見られましたの?」

涙の跡に気が付いたジェニが、優しさ半分、からかい半分で、そう声をかけてきた。

「な、なに言ってるのよ!」

頬が熱くなるのを感じながら、あわてて手で顔をこする。それを見たジェニが、おかしそうに笑った。

「もう、そんなんじゃなくてね」

「はいはい、内緒にしてあげますから、早く身支度して下さいね。旦那様がダイニングでお待ちです」

アイシャがむ〜っと唸るが、ジェニは一向に意に介さず、にこにこしている。完全に、アイシャの負けである。

やれやれと、アイシャは今日二度目の溜め息をつくと、ベッドから這い出した。

ジェニは、アイシャの髪にゆっくりと櫛を通す。

くせっ毛のアイシャの髪は、整えるのに時間がかかる。

そのため、たいていはメイドが身支度を手伝っていた。

身請けされて間もない頃は、わざわざ自分の身支度まで手伝ってくれなくてもと思っていたアイシャだが、今ではすっかり慣れて、自分ではあまりやらなくなっていた。

ある時一人のメイドが、面倒くさがりになりましたねと言って笑うと、アイシャは敢えてやらないのと言った。

「なんかこういうのって、侍女にかしずかれるお姫様みたいじゃない」

それが、アイシャがメイド達に身支度をまかせる理由だった。



〜 〜 〜 〜 〜




「来週、大事な商談がある。今回はお前も一緒に行くことになる」

 朝食の席でエドワードは、アイシャにそう告げた。

「へえ、珍しいわね。わざわざ大事な商談に私を連れてくなんて」

アイシャがエドワードに連れられていくのは、もっぱら社交的の意味合いが強いパーティである。

比較的地味なエドワードを引き立てるために、アイシャが常に寄り添う。

逆に、重要な会合などにアイシャが同行することは無い。目立つ必要は無いし、何より内密の話であれば、知る必要の無い者が同席するわけにはいかない。

「今回はどういう風の吹き回し?」

「それだけ重要な会合なのでな。そもそも商談であることを隠したいのだ」

つまり、アイシャを連れて行くことで、そこは社交的なパーティであるように見せかける、いわばカモフラージュであった。

「ふ〜ん、大変なのね」

わかったようなわからないような口調で、アイシャはそう返した。

エドワードは、苦笑するしかなかった。それは、アイシャの言葉が微妙に的を得ていたからである。

(大変・・・か。確かに大変なときではある。)

この時代、多くの者が産業革命による市場拡大の波に乗り、成功を収めてきた。

エドワードもその一人である。だが、市場は無限ではない。

それが頭打ちになってきている今、勢いだけで成り上がった者同士の潰し合いも、頻繁に起こるようになっていた。

彼は着実に事業を拡大してきたため、今のところ目立った影響は出ていない。

が、その煽りを受け、必ずしも上手くいっているわけではないのも、紛れも無い事実であった。



「旦那様?」

黙ってしまったエドワードに、ジェニが声をかける。それに向かってうなずくと、エドワードは話を続けた。

「それで、商談の場所だが、バートンの屋敷だ」

「えっ?」

「機密の保持という点では、あの場所が一番だからな」

一瞬驚いたものの、アイシャに動揺は無かった。

「御懐かしいですか?」

そう尋ねるジェニに、アイシャは笑顔で答えた。

「そうね、あのお屋敷には、良くも悪くも想い出がたくさんあるから」

「まあ、久しぶりにあの屋敷の面々と会うのも悪くは無いだろう。それはともかく、来週は商談で出かける。その際にはいつものように支度をして付いて来るように」

「わかったわ」

そう答えると、朝食を終えたアイシャは、足取りも軽く部屋を出て行った。



「寂しくなりますね」

片付けをしながら、ジェニがふと口にした。

「確かにな」

エドワードは、椅子にゆったりと腰掛けなおし、目を閉じた。

「あれには随分楽しませてもらった。いささか惜しい気もするが、やはり自分の我侭で、このエドワード商会を傾かせるわけにはいかん」

部屋には食器を片す音だけが、静かに響く。

「お前には、また苦労をかけるな」

「旦那様のお手伝いをするのが、私の楽しみですから。お気になさらないで下さいまし。それに、彼女を気遣ってのことでしょう?」

「・・・」

「私だって、あの子には幸せになって欲しいと思いますから」

 そして、ジェニは後ろから、エドワードの頭を胸に抱きかかえた。

「それに、これでやっと、また旦那様を独り占めできますしね」

そう言って、ジェニは優しく微笑んだ。




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