Everyday I'm looking for a rainbow. |
小夜鳴鳥 | EPISODE:02 2003.01.05 | |||
「わ〜、待って待って〜」 一人の少女が、スカートの裾がめくれるのも構わず、ぱたぱたと風に舞うシーツを追いかけていた。その声に気づいたもう一人の少女が、その脇を飛んでいこうとするシーツを捕まえる。 「ありがとう、クレア」 そう言ってにっこり笑ったのは、髪を後ろで束ね、いかにも快活そうな感じを受ける少女、チェリーだった。 ここは、バートンの屋敷。 ただ、その当主であったドレッド・バートンはすでに去り、今ではその執事であった男と、4人のメイド達が残るだけであった。 ドレッドが部下達の造反にあいその場を去った後も、メイド達はその場に残った。 他に行く宛てが無いこともあるし、クレアが、何よりフォスターがその場に残ることを望んだからでもあった。 そしてその屋敷はフォスターのはからいで、今では商談やパーティの場として使われるようになっていた。 街外れで人目につきにくく、尚且つフォスターの口の堅さを知ってか、特に極秘の商談で使われることも多かった。 もちろん、今ではクレア達が体を張った接待をすることは無い。 それは、フォスターがそう望んだからではなく、単に必要が無くなったからである。 ドレッド無き今、メイド達を使った交渉の意味は無い。 あくまで客人をもてなくための接待はあるが、それが体を使った奉仕である必要は無かった。 クレア達は今、フォスターに仕えるメイドとして、日々の生活を営んでいた。 クレアは相変わらず庭の手入れが中心だったが、リースたち他のメイドに指示を出し、自らも客人にお茶を出すなど、メイド達の中心となって働いていた。 屋敷が落ち着いたせいか、フォスターの隣にいる時間も増え、表情からも以前の何も冷たさが少しずつ無くなっており、自然な笑顔を浮かべられるようになっていた。 リースはドレッドが去った後、すべての借金を返済し終え、そこに残る必要が無くなったことを告げられた。 しかし、自らそこに残ることを希望し、その場に留まった。 今ではすっかり厨房を自分の場所とし、屋敷で出されるほとんどの料理は、リースの手によるものであった。 たまに家に帰ることもあるのだが、弟達にフォスターとの仲を冷やかされ、真っ赤な顔をして戻ってくることもしばしばであった。 恋はフォスターの計らいで、生き残った姉の下に返されそうになるが、それを良しとせず、彼女も望んでこの屋敷に留まっていた。 以前とあまり変わった様子は見られなかったが、薄く化粧をしてみたり等、彼女なりにがんばっているようである。 チェリーは元々引き取り手がいなかったため、そのまま屋敷に残った。 彼女は以前と変わらず、元気に屋敷の中を走り回っている。 恋とは一見正反対の彼女だが、お互いに協力し合い、楽しそうに部屋の掃除やベッドメイク、洗濯などに奔走していた。 誰もが充実した日々を送っていた。 それは、ほんの一年前では考えられなかったほど、おだやかでゆったりとした生活だった。 そして、その日もいつものように商談を行う客を迎え、慌しくも変わることの無い一日を過ごす筈であった。 | ||||
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「料理の方は順調?」 「ええ、問題ないわ」 「それじゃ、後はお願い。私はサロンの準備の方を見てくるから」 そう言い残すと、クレアは厨房を後にした。 (ここはリースに任せておけば大丈夫ね。) 以前は必要以上におどおどしている彼女だったが、今では、こと料理に関しては、何の心配も無い。 (慣れたのか、それとも彼に誉められたのが良かったのかしら。) フォスターが人を誉めることはめったに無い。 ただ、リースの料理は彼のお気に入りであるらしく、時折ふっと「美味い」と口にすることがあった。 それを聞くと、リースは本当に嬉しそうな顔をしていた。 (お酒のつまみなら、彼女の方に分があったのだけれど。) ふっと思い出す。一見料理などしそうも無かったが、酒場で働いた経験からか、つまみの類は彼女のほうが上手かった。 今日はその彼女がやってくる。 (アイシャは変わったかしら。) 今日、アイシャが来る事を他の3人には伝えていない。 特に隠したわけでは無く、自分達と立場の変わってしまった彼女とは、意識することなくごく自然な形で会えればいい、そう思ったからであった。 屋敷の1階の右側、階段の直ぐ脇の部屋に足を運ぶ。 そこは、いわば客同士が交流するサロンになっていた。 そのセッティングを、恋とチェリーが一生懸命やっていた。 「もう直ぐお客様が見えられるから、急いでね」 「はい」 「うん、大丈夫」 その時、屋敷の前が少し騒がしくなり、玄関でベルが鳴るのが聞こえた。 それは、フォスターが客を迎えるときに鳴らすベルだった。 クレアは二人に後を託すと、急いで玄関に向かった。 「懐かしいわね。ほんの1年来なかっただけなのに」 馬車から降りたアイシャは、開口一番そう言った。 「あんまり変わったようには見えないけれどね」 「中身はだいぶ変わったそうだがな」 そう言って歩き始めたエドワードの後ろに、アイシャは続いた。 懐かしい玄関の前には、一人の男と、その後ろに控えた一人の女が、彼らを出迎えていた。 「遠いところを、ようこそいらっしゃいました」 そう言って頭を下げた彼の姿は、彼女が最後に見た時と全く変わっていないように見えた。 「今日は色々と世話になる」 「お気遣いは無用です。既に皆様がお待ちです。どうぞこちらに」 そう言うと、後ろに控えていたメイドが、二人を屋敷の中へ招き入れた。 その間、アイシャはずっとフォスターを目で追っていたが、フォスターも、そしてクレアも、一度も目を合わせることなく二人をサロンに案内すると、その場を後にした。 (そんなものかな・・・。) フォスターが自分に暖かい言葉をかけてくることは無い。 そうわかっていたはずだったが、いざその姿を目にしても全く気に掛けてもらえないと、やはり一抹の寂しさがある。 アイシャは、既に自分が違う立場にいることを、改めて思い知らされた気がした。 サロンでの会食が一段落した頃、アイシャはエドワードに呼ばれた。 「今から商談に入る。少し長くなるかもしれないから、自由にしているといい」 そう言い残すと、エドワードは静かにサロンを後にした。 (どうしようかな。) なんとなく手持ち無沙汰になってしまったアイシャは、ふらっとサロンを出た。 特に目的があるわけでもない。ただ、じっとしているよりははるかに気が紛れた。 屋敷の中央にある階段から、2階へ上がる。 そこは、主にメイド達の個室と、客の宿泊用の部屋が並んでいた。 (あたしの部屋はどこだったかな。) 懐かしさを伴って、廊下の奥に目を向ける。すると、後ろから声がかけられた。 「こんなところで何をしているの?」 振り向くと、そこには穏やかな表情を浮かべた、一人のメイドがいた。 「クレア!」 「お久しぶりね」 アイシャは思わず駆け寄り、クレアの手を取った。 「元気そうね」 「そう言うクレアも」 アイシャは変わらないクレアの姿が嬉しく、そして少しだけ羨ましかった。 「向こうでの暮らしはどう?」 「う〜ん、まあ、こっちに居た時よりは楽かな。口うるさいヒステリーなおばさんもいないし、人の趣味に口を出す人もいないしね」 「まったく、あなたは」 そう言って、クレアは苦笑した。 「その調子なら、大丈夫そうね」 「あら、心配してくれてたの?」 アイシャは、いたずらっぽく笑った。 「大丈夫よ。割と好き勝手やってるし」 「相変わらず?」 「ふふ、そうね。でも」 そこでアイシャは一旦言葉を切ると、クレアから視線を外した。 「時々、寂しくなるかな。なんていうか、張り合いが無いのよね。今までいつも誰かのために何かをする、そんな感じで生きてきたから」 そこで一旦肩をすくめる。 「育ちが悪いのか、何もしなくて良いって言われると、自分の居場所が無いような気がしてね」 そして、視線をクレアに戻した。 「誰かさんに飽きられないように自分を磨いていた頃が懐かしいわ」 そして、アイシャは寂しそうに笑った。 「・・・」 「そういうあなたはどうなの。進展した?」 「進展って」 気を取り直したアイシャに、クレアは再び苦笑した。 「何も変わらないわ。ここは、そういう所だもの」 「あなたも苦労してそうね」 そう言って、アイシャは声をあげた笑った。 「あなたも苦労するようになるわよ」 「え、なんで?」 しかし、クレアは軽く微笑むだけで、何も答えなかった。 「それじゃ、私はもう行くわ。ぶらぶらするのもほどほどにね」 そう言い残すと、クレアはその場を後にした。 後には、きょとんとしたアイシャだけが残された。 「何が言いたかったのかしら」 そうつぶやいてみても、答えは出ない。 アイシャは再びサロンの前まで戻ってきた。 (戻ってもやること無いのよね・・・) いつもなら、エドワードの傍にいるのが常だったが、今日は勝手が違う。 するとそこに、屋敷の奥、サロンのさらに先からいい匂いが漂ってきた。 それにつられるように、アイシャはふらふらと匂いの源に足を踏み入れた。 そこは厨房。アイシャがまだ屋敷にいた頃は、フォスターやクレアの目を盗んで、酒を飲みに来ていた所でもあった。 アイシャがひょいっとそこを覗くと、ちょっとふっくらとして丸い眼鏡を掛けた少女が、料理の真っ最中であり、その脇を小柄な少女がふたり、料理をする少女の手元を覗き込んでいた。 それを見たアイシャは、そっと足音を殺し、少女らの後ろのテーブルにたどり着く。 そして、テーブルの上で湯気を立てている料理を一つ摘んだ。 (ん〜、相変わらず美味しいわね。) そんな事を思いながら、別の料理に手を伸ばす。 「何をしているんで・・・」 気が付くと、料理をしていた少女が、こちらを見て絶句していた。 丸い眼鏡の奥にある瞳をいっぱいに開けて固まっているのは、紛れも無くリースだった。 その脇で、目を瞬かせて、まるで信じられないといった感じで表情で棒立ちになっている恋。 「アイシャさん!」 そんなふたりをよそに、赤毛の少女がアイシャに飛びついてきた。 それを優しく受け止めると、アイシャは目を細めて赤毛の少女、チェリーの柔らかな髪を撫でつけた。 チェリーはそれをくすぐったそうにそうにしながら、アイシャを見上げた。 「ひさしぶりね。チェリーはちょっと背が伸びたかな」 「うん。アイシャさんはすっごくきれいになったみたい」 「ふふ、ありがと。でもそれは派手な衣装のせいね」 「そうなのかな〜」 「チェリーにはまだ早いけれど」 「むぅ、そんなことないもん」 ちょっとすねた表情を浮かべるチェリーを、アイシャは微笑ましそうに見つめた。 「本当にアイシャさんなんですね」 「びっくりした」 この時になって、ようやくリースと恋のふたりが、突然の再会のショックから立ち直った。 「ごめんごめん、ちょっと驚かせようと思ってね。その調子だと、あたしが来るって知らなかったみたいね」 「ええ、クレアさんは何も言ってませんでしたし」 恋はちょっと小首をかしげた。 「まったくもう、いつも肝心な時にだんまりなんだから、あの娘は」 「ふふっ、なんだか懐かしいです」 憤慨するアイシャを見て、リースが可笑しそうに笑う。 「そういうところ、アイシャさんは変わってませんね」 「そういうリースはどうなの?。もう借りは無いのに、誰かさんのためにここに残ったって聞いたけど」 「えっ、えっと、それは」 「あの、フォスターにいじめられて庭の隅で泣いてたリースが、こうも変わるなんてね」 「も、もう、アイシャさん」 「ほ〜んと、恋をすると女は強くなるものね」 にやにやと笑うアイシャに、リースは、真っ赤になって両手をもじもじさせながらうつむいてしまった。 「ま、それはリースだけじゃ無いみたいだけど?」 そう言うと、アイシャはその横で笑みを浮かべている恋に視線を向けた。 その視線を受け止めきれず、恋も真っ赤になってしまう。 「恋も随分綺麗になったわ。まるで昔の私みたい」 まるで相手を誉めているのか自分を誉めているのかわからない物言いをしながら、そっと恋を引き寄せる。 「恋も元気そうで安心したわ。それに、ちゃ〜んと女性らしくなってきてるし」 アイシャは恋の髪を優しく撫でつける。恋はくすぐったそうにしていたが、しばらくされるままにしていた。 「それじゃ、私はそろそろ戻るね」 手にしていたグラスを置き、アイシャは立ち上がった。 「え、もう?」 「あたな達も、あんまりさぼってると口うるさいあの娘が来ちゃうわよ」 「もう、アイシャさんたら」 そう言って笑うリース。それに引き換え、恋とチェリーは少し寂しそうな笑みを浮かべていた。 「ほらほら、そんな顔してちゃ素敵なレディになれないわよ?。次に会う時は、私に近いぐらい良い女になってなさいね」 そう言うと、アイシャはゆっくりとその場を後にした。 | ||||
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