Everyday I'm looking for a rainbow.
小夜鳴鳥 EPISODE:03 2003.01.05


(素敵なレディ、か。我ながらよく言ったものね。)

サロンへ繋がる廊下をひとり歩きながら、アイシャはひとりごちた。

(あの頃は自分が最高のレディだと信じて疑わなかったものね。でも、今は・・・。)

どんな形であれ、リースは、恋は、チェリーは、そしてクレアはフォスターの元にいる。

そして、自分はそこに残れなかった。そんな思いが、アイシャから少なからず自信を奪っていた。

(まったく、私も少しは皆を見習わなくちゃ。)

そう思い直すと、アイシャは両手を握り締めた。

「よし!」

「何がいいんだ?」

驚いて振り向くと、そこにはいつのまにか一人の男が立っていた。

やや鋭い目つき。均整な体つき。その表情からは何も窺い知ることは出来ない。

それでいて、独特な雰囲気を漂わせる男だった。

「フォスター!」

「こんな所で何をしている」

「う〜んと、そう、ちょっと気分が悪くなってね。夜風に当たってたのよ」

「そうか」

そう言ったきり、フォスターは何も言わない。

「もう、それだけ?」

「・・・」

「気分が悪いって言ったのよ。他に何か言うことは無いの?」

「そうだな。お前は大切な客人だったな」

「そうそう」

「空いてる部屋で少し休むか」

「そう来なくっちゃ」

そう言うと、アイシャは自らフォスターの手を取って、手近な部屋に入り、ドアを閉めた。

そして、フォスターと向き合う。

「介抱、してくれるんでしょ?」

「・・・」

フォスターは何も言わず、アイシャを抱き寄せた。

アイシャは自分からフォスターに唇を合わる。

そして、そのままベッドに倒れこむ。

やがて、二つの影は一つになった。





小夜鳴鳥
- EPISODE:03 -






「あ、あれ?」

目を覚ますと、そこは薄暗い部屋。見渡してみても、すでにフォスターの姿は無い。

(私、あのまま眠っちゃったんだ。)

アイシャはベッドから離れると、急いで身支度をした。

あれからどれくらい経ったのかわからない。

ただ、周りは静かで、パーティの喧騒は全く聞こえて来なかった。

アイシャは部屋を出ると、サロンに向かった。

しかしそこにきれいに片付けられ、エドワードの姿も無い。

彼を探そうと慌ててサロンを出ると、そこにはクレアの姿があった。

「あ、クレア、いい所に」

首をかしげるクレアに、アイシャは尋ねた。

「エドワードを見なかった?」

「エドワード様なら、既にお帰りになられたわ」

「えっ・・・帰った?」

「ええ。もうだいぶ前に」

しばし呆然とした後、アイシャは言った。

「帰らなきゃ」

「・・・」

「ねえ、クレア、どうやって帰ろう」

そんなアイシャにクレアは諭すように言った。

「アイシャ」

「なあに?」

「あなたはもう、帰ってきてるのよ」

まるで意味がわからず、きょとんとするアイシャ。

そんな彼女の目に、クレアの後ろから歩いてくるリース、恋、チェリーが映った。

その後ろには、フォスターの姿もあった。

「あ、フォスター。私・・・」

「前の部屋はそのままにして置いた。今日からはまたそこを使うといい」

何か言おうとしたアイシャを抑えて、フォスターはそう言った。

(それって、もしかして・・・。)

クレアの、そして今のフォスターの言葉を自分の中で反芻してみる。やがて、一つの結論が浮かんでくる。

「もしかして、私はここにいてもいいの?」

「ああ」

「本当に?本当にここにいていいの?」

フォスターは大きく頷いた。

リース達がわっと歓声を上げる。

アイシャはフォスターに抱きつくと、むせび泣き始めた。

「フォスター、わた・・し、わた・・、嬉しい・・・」

「馬鹿が。お前はエドワードに捨てられたんだぞ。喜んでどうする」

「でも、でも・・・」

後は言葉が続かず、ただただ泣き続ける。

そんなアイシャに、フォスターは一つ大きく息をつくと、やさしく囁いた。

「おかえり、アイシャ」

それを皮切りに、チェリーが、恋が、そしてリースが二人に飛びついてきて、次々に「おかえり、アイシャ」と口にした。

フォスターがふと視線を上げると、それには加わらなかったクレアと目が合った。

そしてどちらからともなく、頷きあった。

その間、アイシャはずっとフォスターの胸に顔を埋めて泣き続けていた。

時折しゃくりあげるように、「ただいま」と口にしながら・・・。



〜 〜 〜 〜 〜




「アイシャ。ほら、アイシャ。起きなさい。ここはあなたが昨日までいた所とは違うのよ」

(う〜ん・・・。)

そんな声を受けアイシャが気だるげに目を開けると、そこには対照的な表情の、クレアとリースの姿があった。

リースは頬を薄く赤らめて、にっこりと笑っているのに対し、クレアはどことなく不機嫌そうだった。

(そういえば、昨日は結局ずっとフォスターと一緒だったなあ。)

自分が戻って来れたことを知ったアイシャは、結局あの後もフォスターにしがみ付いたままはなれず、やむなくフォスターがそのまま自分の部屋に連れて帰ったのである。

その時のことを思い返すと、思わず頬が緩んでしまう。

そんなアイシャの様子に、クレアが一層不機嫌になった。

「いつまでぼーっとしてるの、アイシャ」

「あ〜、クレアもヤキモチ妬けるようになったんだね」

「馬鹿な事言ってないで、早く起きて着替えなさい」

アイシャはにやにやしながら思ったことを口にしてみたが、クレアに睨まれて肩をすくめた。

「それじゃ、一つお願いしていい?」

「何です?」

「髪、梳いでくれる?」

クレアは憮然とした表情のまま、部屋を出て行った。

その姿を、リースがやれやれと言った感じで見送っていた。



「服はこちらに置いておきます。これも、以前アイシャさんが使ってたものですよ」

「え〜、それは困るかも」

「えっ、どうしてですか?」

驚くリースに、アイシャはいたずらっぽく笑っていった。

「あの頃より、胸が大きくなってるからね」

「もう、アイシャさんたら」

リースはそう言って笑い、部屋を出ようとする。そんな彼女にアイシャは声をかける。

「あ、リース」

「なんですか?」

そして、にっこり笑っていった。

「髪、梳いでくれるよね」



〜 〜 〜 〜 〜




【エピローグ】

 穏やかな朝の光が差し込むその部屋には、紅茶の香りが漂っていた。

部屋の中央には大きなダイニングテーブルが1つあり、館の住人が席に着いてゆったりと食事を取っていた。

一見いつもと変わらない光景だったが、少しだけ違うことがある。

テーブルを囲み、チェリー、リース、恋の順に席に着いている。

その向かいには、クレア、そしてフォスターがいる。

そして今日からはもう一人。

アイシャはまるでそこが昔から自分の席だったかのように、フォスターの隣に腰を下ろしていた。

「う〜ん、相変わらずリースの料理は美味しいわね」

「そうですか。そう言ってもらえると嬉しいです」

「あれ、アイシャさん、向こうでは凄く良いもの食べてきたんじゃないですか?」

爛漫な笑顔で聞いてくるチェリーに、アイシャは苦笑を浮かべながら答えた。

「高級なものと美味しいものは、ちょっと違うのよ」

「そうなんですか・・・」

いま一つわからなかったのか、チェリーは首をかしげていた。その仕草に、皆が笑みを浮かべた。

「向こうでは随分と好みを言って、周りを困らせていたそうだな」

「あら、そんなこと無いわよ。好きなものは?って言われたから、正直に答えてただけ。で、なんであなたがそんな事知ってるわけ?。もしかして、気にかけてくれてた?」

「・・・」
フォスターは答えなかったが、アイシャはこれ以上無いくらい、にこにこしていた。

そんな二人を見て、チェリーが楽しそうに言った。

「それにしても、アイシャさんが戻ってきて、本当に嬉しいです」

「私も」

「私もです」

リースと恋も口をそろえる。クレアは口にこそ出さなかったが、口元に笑みを浮かべていた。

「私も嬉しいわ。正直、もう一度ここに帰って来るとは思わなかったし」

それに、と一度言葉を切ってアイシャは続けた。

「私はお姫様になれたからね」

「お姫様、ですか?」

恋とリースが、不思議そうな顔を浮かべる。チェリーも同じような顔をして言った。

「向こうでは、綺麗なドレスを着て、お姫様みたいな暮らしをしてたのじゃないんですか?」

「そうね、毎朝髪を梳いでもらっていたみたいですし」

クレアが涼しげな顔で口にする。

アイシャはふふふっと笑うと、皆に諭すように言った。

「お姫様っていうのはね、着飾ることでも、ちやほやされることでもないのよ」

そして、隣にいるフォスターの肩にしなだれかかるように頭を預け、満面の笑みを浮かべた。

「王子様の隣にいるのが、お姫様なんだから!」


− FIN −




PostScript

2001年の冬に某所のゲスト原稿としてまとめたものを、加筆・修正しました。
初めての小説ということで、大分苦労した記憶があります。
評判は今ひとつだった気がしますが、個人的には気に入っている作品です。


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