Everyday I'm looking for a rainbow.
さつきの咲く頃 EPISODE:01 2003.01.05


ピシャ!

ピシャ!

ピシャ!

(何の音かしら?)

ビチャ。

ビチャ。

ビチャ。

何かが滴り落ちる音。

どうやらソレは、自分の手からこぼれているらしい。

(自分の手から?)

ふと手を見る。

暗くて何も見えない。

そっと月にかざして見る。

それは月の白い光によく映えた。

だった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





さつきの咲く頃
- EPISODE:01 -






ガバッ!

少女は弾かれるように起き上がった。

「あ、あれ?」

周りを見渡すが、誰も居ない。

「ここ、どこ?」

もう一度見渡すと、ぼんやりと光の差し込むところがあった。

立ち上がり、恐る恐る進んでみると、どうやらそれは破れた障子から差し込む月の光のようだった。

そっと障子の戸を開けてみると、辺り一面は背の高いススキだった。

空を見上げると、白々とした光を放つ満月が昇っていた。

(なんか気持ちのいい満月だなあ)

彼女はまるで日光浴をするかのように、全身で月の光を浴びていた。

目を閉じると、体の隅々まで月の光が入り込み、力がみなぎってくる様だった。

そして、目を開けると、背後で何か光ったような気がした。

ゆっくりと振り返ると、そこにはもう一つの満月があった。

(あ、鏡か。びっくりした。)

その前に立つ。

鏡には、ツインテールの、少し幼さを残した少女が映っていた。

そして彼女の肘から先は真っ赤に染り、月の光によく映えていた。



〜 〜 〜 〜 〜




全ての授業が終り、遠野志貴は席を立った。

ネロ・カオスが舞台から居なくなり、再び落ち着いた生活に戻りつつあった。

世間では相変わらず大小無数の事件があるが、どれもどこかで聞いたことのあるようなもの。

それに比べれば、自分の身近にいる埋葬機関の女性、真祖の姫君、紅い妹、それに割烹着の悪魔が加わった事件の方が、自分にとっては遥かに重大だ。

そういう意味では、本当に落ち着いた生活に戻ることは無いのかもしれない。

「ふぅ」

軽く溜息をついて教室を見渡すと、空席が二つ。

一つは言わずと知れた乾有彦の席。今日も2時限目ぐらいに顔をだしたはずだが、気がつくといなかった。まあいつものことなので、特に気にすることも無い。

そしてもう一つ。

弓塚さつきの席。

家出した。人に言えない病気にかかった。別の学校の誰かと駆け落ちした。

クラスの人気者だったさつきが休むようになってから無責任な噂が飛び交ったが、誰も真実には届かず、やがて沈静化していった。

今ではその席が元々空席であったような、そんな雰囲気さえ感じられる。

(自分が消えても、そうなるのだろうか?)

ふとよぎった考えに苦笑し、頭を振ってその考えを追い出すと、彼は教室を後にした。



〜 〜 〜 〜 〜




(落ち着いて。泣くのはそれからでいい。)

弓塚さつきはポケットからハンカチを取り出すと、両腕をゆっくり拭いた。

どこにも傷は見当たらない。軽く腕を振ってみたが、痛みも無い。どうやらこの血は自分のものではないらしい。

「う〜ん、このハンカチ、結構気に入ってたんだけどなあ」

元々は四隅に季節の花をあしらった白いハンカチだったが、今は紅いまだら模様の汚れた布に成り下がっていた。



自分の体におかしな点が無いことを確認すると、次に彼女がしたことは、今自分が居る場所の特定だった。

(なんだか見覚えのある場所なのよね。)

周りをススキに囲まれた廃屋。今にも崩れそうということはないが、もう十数年は使われていない。

作りそのものが古く堅牢なものであるようだった。

(なんか懐かしい感じ。前に来たことあるような気がする。)

「そう、肝試し!」

まだ自分が中学生だったころ、友達同士でやったささいな胆試し。それをやったのが、確かここだった気がする。

ペアを組んで、街外れにある廃屋にあらかじめ置いておいたノートに、自分の名前を書いてくる。ただそれだけの、シンプルな胆試しだった。

(ということは、ここは街外れか。)

今自分の居る場所がわかり、大分落ち着いてきた。

なぜ自分がここにいるのかは思い出せないが、ひとまず家に帰ろう。そう思った。

(あ、ポシェットないかな?)

さつきは手ぶらで外出することは無い。というより、女性が手ぶらで出かけることはほとんど無い。

普段ならお気に入りのポシェットを身に付けていたはず。

そう思い、さつきは廃屋の中を探し始めた。


・・

・・・・

・・・・・・


「あ〜ん、無いよぅ」

さつきは廃屋の隅から隅まで見回したが、それらしいものは無かった。それならばと、廃屋のまわりをぐるりと一周してみたのだが、やはりそれらしいものは無かった。

(しょうがないか。)

やや肩を落とすと、彼女は家へ帰ろうと足を踏み出し始め、そして止めた。

(あ、あれ?)

何かひっかかった。

でも、それが何だかわからなかった。

もう一度、ぐるりと周りを見回してみる。

特におかしな所は無く、何かが動いた様子も無い。

ふと見上げてみる。

目覚めた時はまだ低い位置にあったはずの満月は、既にまっすぐ頭上へ来ていた。

もう一度、廃屋に目を向けて。

そして、愕然とした。

いくら満月が明るいとはいえ、屋根の朽ちていない廃屋の中に、明かりは届かない。

明かりが届かないところ。それは暗闇。



(わたし、どうして暗闇で物が見えるんだろう・・・)



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