Everyday I'm looking for a rainbow.
さつきの咲く頃 EPISODE:02 2003.01.21


ふと見上げてみる。

目覚めた時はまだ低い位置にあったはずの満月は、既にまっすぐ頭上へ来ていた。

もう一度、廃屋に目を向けて。

そして、愕然とした。

いくら満月が明るいとはいえ、屋根の朽ちていない廃屋の中に、明かりは届かない。

明かりが届かない所。それは暗闇。

(わたし、なんで暗闇で物が見えるんだろう・・・)





さつきの咲く頃
- EPISODE:02 -






自分の身に何かが起こった。

それは考えるまでも無いこと。

そして、意図的に考えなかったことかもしれない。

ただ、やはり避けては通れない。

それは血や暗闇といった瑣末なことでは無く。

そもそも何故自分がここにいるかということ。



部屋を出て、さつきは目を閉じた。

そこは何も見えない暗闇。

だが、怖くは無かった。

暗闇とは、そうあるべきものだから。



自分を落ち着けるように大きく深呼吸をする。

そして、今までのことを思い出してみる。

さつきの頭の中に浮かんだのは、一人の少年の顔。

穏やかな笑みを持ちながら、何人も寄せ付けない雰囲気を持った少年。

彼の側にいることのできる人は、口の悪い男の子だけ。

でも、そんなことは気にならなかった。

もしかしたら、自分も側にいられるかもしれない。

いや、側にいたい。

なぜなら、自分は・・・。



そこで景色が変わった。

そこは夜。

そこは路地裏。

めったに足を運ぶことの無い、寂しい場所。

そこに彼は居なかった。

代わりに、彼に近いナニカが居た。

近づいてくるナニカから、自分は逃げられなかった。

赤く塗られたナニカから、自分は逃げられなかった。

そして、自分は赤くなり、ナニカワカラナクナッタ。



〜 〜 〜 〜 〜




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

さつきは自分の叫び声で目を開けた。

そして、自分がどうなったのかを悟った。

この街の一番の話題だった連続殺人事件のこと。

血を抜かれた死体のこと。

吸血鬼の噂。

どれも信じ難いことだった。

たとえ街の中のことでも、TV画面の向こう側のことだった。

自分とは何の関係も無いことだった。

いや、関係が無いはずだった。

「本当だったんだ・・・」

ふと、部屋にある鏡に自分を映してみた。

特に変わったことは無いような気がした。

「吸血鬼に血を吸われると、痕が残るんだったかな」

首筋を見てみたが、そこに牙の痕は無かった。

部屋の奥に目を向ける。

古ぼけたタンスがあった。

「いくら瞳孔が開いたって、見えるはず無いのにね」

そこにタンスがあることだけで無く、そこが暗闇であることがわかる。

(吸血鬼になったかどうかはわからないけど、何か違う。)

しかし、いくら考えても、自分がどうなったのかわからなかった。

(とりあえず、家に帰ってお医者さんに見てもらおう。)

そう思い立つと、さつきは廃屋を後にした。



〜 〜 〜 〜 〜




さつきは街の大通りまで戻ってきた。

昼間なら人と車で賑わうこの辺りにも人影は無く、閑散としていた。

ショーウィンドウの中の時計を見ると、午前3時の少し前。

「さすがにこの時間は誰もいないなあ」

ショーウィンドウの明かりやネオンの明かり街を彩っている。

しかし、その彩りに目を向ける者は居ない。

「ほっ、と」

さつきはデパートのショーウィンドウの前の石段に飛び載った。

そして、ショーウィンドウに背を向ける。

「うふふ、なんか舞台に上がった女優みたい」

照明に照らされ、光の中に浮かび上がる少女。

背中から光を浴びるように、ゆっくりと手を広げる。

(確か舞台に上がった女優は、こんなふうに片手を降ろしながらお辞儀するんだっけ。)

目を閉じて、右手を胸の方に振り下ろす。

それに合わせるように、ゆっくり頭を下げる。

そこでふと我に返った。

「あはは、はずかしー。わたし、何やってるんだろう」

「いやいや、彼女、可愛いかったよ!」

「そうそう、どっかのアイドルかと思っちまったよ」

「えっ?」

さつきが顔を上げると、通りの向こうから、2人組の男が歩いてきた。

どうやら通りに止めてあった車の中にいたらしく、自分を見ている事に気が付かなかった。

一瞬恥ずかしさにカーっとなったが、男たちが近づいてくるにつれ、だんだん血の気が引いてきた。

ニヤニヤしながらさつきに近づいてくる若い男たち。お世辞にもガラが良いとは言えなかった。

一人がさつきのつま先から頭までを舐めまわすように見て、口を開いた。

「なあ、彼女一人?。こんな時間に一人遊びなんてツマラナイでしょ。オレ達と遊ぼうぜ」

その言葉に冷たいものを感じたさつきは、慌てて周りを見渡す。

しかし、そこに人影は見当たらない。

人通りの途絶えた街。

そこに、観客は居なかった。

(ど、どうしよう・・・)

さつきは思わずあとずさったが、すぐに背中がショーウィンドウについてしまった。

「そう怯えんなって。別にいじめやしねえよ」

気が付くと、男達はガードレールを乗り越え、すぐ側まで来ていた。



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