Everyday I'm looking for a rainbow.
聖杯のキモチ 前編 2004.05.22



気に入らない。

「先輩、ちょっとそこのゴマ油取ってもらえます?」

「ああ、これな。ほら、火傷しないように気をつけろよ」

渡そうとした手と、受け取ろうとした手が重なる。

「あっ、えっっと、はい、気をつけます」

「あやや〜、初々しいねえ、桜ちゃんは。真っ赤っ赤だ〜」

「も、もう、藤村先生」

「こうして見ると、エプロン姿の桜ちゃんはホントに若奥さんって感じよね」

それを聞いて、桜はさらに赤くなり、うつむいてしまう。

本当に可愛らしくて、男心をくすぐる仕草。

「藤ねぇ、料理の邪魔するなって」

「は〜い。でも改めて見ると、本当にお似合いだよね〜お二人さんは」

ギリギリと、噛み締めた奥歯に力が入る。

全くもって気に入らない。

目に映る光景、それはこの私、遠坂凛の機嫌をとことんまで損ねるものだった。





聖杯のキモチ
- 前編 -






目の前には出来たての美味しそうな料理が並んでいる。

その色艶、匂い、どれを取っても本当に食欲をそそる。

そんな料理が載った食卓を、私と士郎、士郎の姉代わりの藤村先生、士郎の妹のような間桐桜、そして士郎のサーヴァントだったセイバーが囲んでいる。

また再びこの面子で、こうした団欒の夜を迎えられるとは思わなかった。

聖杯戦争。

望みを叶える杯をめぐる戦い。

実際には、死と隣り合わせの、地獄のような世界。

昨日の今頃は全てを覚悟していた。

それがたった一日で、再びいつもどおりの、そして以前よりちょっとだけ変わった日常に戻ってこられるとは思いも寄らなかった。


無くしたものもある。

だけど、それ以上に得るものがあったと思う。

この団欒、隣に衛宮士郎のいる何気ない時時間。

遠坂凛は、心の底からこのかけがえのない日常を楽しんでいる。

いや、いるはずだった。

だけど、実際には・・・。




桜がすっと塩を士郎のほうに寄せる。

士郎は当たり前のようにそれをカリッと揚がったオニオンリングにかける。

そこに、言葉はいらない。

この二人は、何も無くても通じ合っている。



気に入らない。

それをするのは、その、えっと、士郎と愛し合っている自分の役目なのに!

「なあ遠坂、さっきから目つきが悪くなったり赤くなったりしてるけど、大丈夫か?」

「え、そ、そう?」

「ああ、しかもさっきから黙ったままだし。もしかして、料理が口に合わなかったとか」

「そ、そんなこと無いわよ。士郎の料理は本当に美味しいわ。ちょっと嫉妬しちゃうぐらいにね」

「そうですよ、先輩の料理が口に合わないなんて事は無いです。こんなに美味しい料理、三ツ星レストランだって出せませんよ」

「そうか。そこまででは無いと思うけど、そう言ってくれると嬉しいよ」

そう言って、士郎は屈託の無い笑みを桜に向ける。

ちょっと待ちなさい。

今、私の心配をしてくれていたんじゃないの?。

どうして桜の方見て笑ってるのよ。

しかも、アナタの料理を褒めたのは、私が先なのよ。

確かにちょっと遠まわしな言い方だったのかもしれないけど、それに対する感謝はどこへいったのよ!




結局私は、終始もやもやとしたキモチを抱えたまま、久しぶりの団欒と、士郎の美味しい料理を終えることになってしまった。





〜 〜 〜 〜 〜






夕食も終わり、大河はぼーっとテレビを見ている。

桜は洗い物。

私はお茶を飲んで今日の夕飯の余韻に浸っている。

今日もシロウの作る食事はとても美味しかった。

これだけでも、サーヴァントである私がこの現実に残った意味があると思う。

しかし、幾たびの戦場を駆け抜けたアーサー王である私が、こんな小さな部屋でお茶をすする姿など、誰が想像できようか。

ベルディヴィエールなどが見たら、卒倒するに違いない。

そんなとりとめの無い考えに浸りつつふと見ると、シロウは洗い物の手伝いを桜に断られて所在無げにしていた。

「士郎」

「なんだ?」

士郎が呼ばれたほうを見ると、凛が正座をして、その太ももをぽんぽんと叩いた。

「えっと、それって、もしかして・・・」

「もしかしなくても、膝枕よ。ほら、疲れてるんでしょ」

「まあ、昨日の疲れはまだ残ってるけど、それはお前も一緒じゃないか」

「私より士郎の方ががんばったでしょ。ほら、いいから」

そう言うと、凛はぐっとシロウの手を引き、その頭をひざの上に乗せた。

「おっ、おい」

「いいから。たまには言うことを聞きなさい」

凛の顔は真っ赤で、視線はあさっての方に向いている。

シロウも少し顔を赤くしているが、黙って凛にされるがままにしている。



「シロウ、気持ち良いのですか?」

「えっ、なっ、何だい?、セイバー」

「いつも気を張っているシロウが、とてもリラックスしているように見えるのだが」

「そりゃあ、まあ膝枕してもらえると嬉しいというか、落ち着くというか・・・」

何が気恥ずかしいのか、シロウの答えはなんとなくしりつぼみになっている。

「そうか、それは膝枕というのですか」



膝枕。

相手の膝を枕にする。全く持って言葉の通りだ。

ただ、人の脚より枕の方がよほど頭が安定すると思うのですが、やはり人のぬくもりがあるほうが落ち着くのだろうか。

人前で弱みを見せることなど無いシロウが、今はまるで隙だらけ。

それだけでも興味深いのに、膝枕というものをしている凛も、どことなく嬉しそうだ。

しかもあのシロウの頭をやさしくなでるのは、何故だか無性に魅力的に見える。


だから、思わずこんな言葉が私の口をついた。

「ならばシロウ、今晩から私がしよう」

「なっ、」

「何言ってるのよ、セイバー!」

勢い込む凛だが、私は至って冷静を装う。

でなければ、影でシロウが赤い悪魔と呼ぶ凛を説得するのは難しい。

「私はサーヴァント。眠る必要は無い。特に今は凛から十分な魔力の供給を受けられるので、休む必要も無いぐらいだ。それにシロウを護るのであれば、隣の部屋にいるよりもその膝枕をした方が傍で護ることができるので、より安心できる」

「いや、それはちょっと・・・」

「そこまでしなくてもいいわよ、セイバー。今はそこまで士郎に仇をなす敵はいないし」

凛がなにやら不穏な視線を向けてくる。

こういう時は素直に言うしか無さそうだ。

「だが、その、私もシロウにその膝枕とやらをしてみたいのだが・・・」

上目遣いに凛をちらちらとのぞく私の姿は、とてもあの戦いに明け暮れたアーサー王のそれではないだろう。

もしかすると、ただ恋するひとりの女子のものかも知れない。

ふと思いついた自分の姿に、自然と顔が赤くなる。

「セイバー・・・」

シロウは、そんな私の姿を、潤んだ目で見つめてくれる。

あれは私が膝枕をするのを望んでいる目だ。

そうに違いない。


だが、赤い悪魔である私のマスターは、かすかに敵意のこもった目で私を睨んで来た。


「あ、あたた、遠坂、痛いって」

どうやらシロウの髪を撫でていた腕に力が入っているようだ。

「凛、シロウが痛がっています。どうか落ち着いて」

「黙りなさい。いい、セイバー、これは私だけに許された特権なの。そもそもセイバーのマスターはこの私。あなたが守るのは私でしょ。そこまでしてこいつを守る必要は無いわ」

「いや、確かに凛、あなたは私のマスターだが」

尚も続けようとする私を、凛は遮った。

「だがも何も無い!そもそもサーヴァントはマスターを守るものでしょう?。ならば今日からは士郎の隣の部屋じゃなくて、離れの私の隣の部屋で休みなさい」

これ以上士郎の側にいさせてなるもんですかとばかりに、凛はふんっと頭を振った。

む。

それは少し気に入らない。

シロウを危険にさらすのは、例えマスターと言えども許し難い行為だ。

・・・ええ、別に膝枕をさせてもらえなかったことが気に入らないわけではなく、シロウを護るとの剣の誓いを妨げられたのが気に入らないのだ。

いや、膝枕がしたくないというわけではないのですけどね。





〜 〜 〜 〜 〜






「ふぅ。ばっちり」

私は洗い物を終えて、台所を離れた。

今日は先輩を手伝わせずに、一人で洗い物を済ませることが出来た。

先輩はいつも手伝ってくれる。

それは、私だからじゃない。

誰にだって、自分が手を貸せるものであれば、先輩はどんなことでもするだろう。

いつも自分を省みず。

相手のことだけを考えて。

例え今日のように、自分の体が傷ついていても。

「くっ・・・」

唇を噛み締める。

先輩は知らない。

私が、この間桐桜が魔術師であることを。

聖杯戦争の一部始終を知っていることを。

そして、先輩がどれだけ傷ついたのか、この私が知っていることを。

先輩は自分の傷を押し殺して、私のために笑ってくれる。

ならば自分もそれに応えなければならない。

先輩が私のために笑うと言うのならば、私は先輩のために笑うべきだ。

「ふー・・・」

大きく深呼吸をして、顔を引き締める。

いつも通り振舞わなくては。

他の誰もが知らずに先輩を傷つけても、私だけは先輩を傷つけづにいられるように。

先輩の前では穏やかに笑っていよう。



だが、その決心は、居間に入った瞬間に砕け散った。



「先輩、洗い物終わりましたよ・・・って、遠坂先輩、何やってるんですか!?」

目の前には、想像を絶する光景が広がっていた。

「何って、見てわからない?ただ膝枕してるだけよ」

「ただって、なんでそんなことを・・・」

「別にいいじゃない。私が好きでやってるし、士郎も喜んでるんだから」

少し頬を赤くしながら、勝ち誇ったように私を見据える遠坂先輩。

先輩も恥ずかしそうにしながら、姉さんのなすがままにされている。

くっ、ここ数日急に先輩と仲が良くなったと思っていたが、まさかここまでとは。

ああ、先輩、そんなだらしが無い顔をしないでください。

でも、先輩があの様子では、直接先輩を責めても事態は好転しない。

私一人では、遠坂先輩に、いえ、姉さんを口で負かすのは難しい。

ならば、取る道はだた一つ。

「ふ、藤村先生!こんなのを許していいんですか!」

「え、えーと、どうなんだろ?」

先輩の姉代わりである藤村先生は、いつもならここでトラのように怒る筈なのだが、今日に限ってはそうではない。

これは私のものとばかりに先輩を膝枕して頭を抱えている遠坂先輩と、それを上目遣いに見つめているセイバーさん。

藤村先生はそのやり取りにあっけに取られてしまったと言うところか。

これでは藤村先生に期待するのは無理だ。

ならば、残るはあのセイバーさんだけ。

「セイバーさんは、許せますか?」

「いや、あの・・・」

「どうしたんです?セイバーさん」

「私もあの膝枕と言うのをしてみたいのだが、凛が許してくれないのだ」

・・・。

こちらも戦力にはならなそうだ。

上目遣いもそんなんじゃ甘すぎる。

本当の上目遣いというのは、もっとこうやや顔を影にして、口元はそんな一直線に引き締めずに、ちょっと端を上げて・・・って、そうではなくて。

「もう、そんなの遠坂先輩がいなくなってから、いくらでもしたらいいでしょう」

良くないけど。

本当はセイバーさんだろうが、遠坂先輩だろうが許せない。

セイバーさんはまだ邪な気持ちが無さそうなので少しぐらいならという気もするが、遠坂先輩は絶対に駄目だ。

また私から大事なものを奪っていく。

遠坂の家。平穏な生活。

姉さんは嫌いではない。むしろ、憧れといってもいい。

だからこそ、これ以上私の大事なものを奪っていくのは許せない。

それに・・・あんな固そうなフトモモでは、きっと先輩を満足させられない。

先輩に膝枕するのに相応しいフトモモを持っているのは、この私しかいないのだから。

いつかこの自慢のプロポーションで、きっと先輩を満足させてみせます!


気が付くと、思考が脇にそれていたようだ。

自分の考えていたことをを思い出し、少しだけ赤面してしまう。

そんな私を見て、姉は冷ややかに言い放った。

「私、いなくならないけど?」

「・・・なっ!」

なんで、と言おうとしたが、唇が震えて上手く言葉にならない。

「最近、この街も物騒になったじゃない?。だからね、この家にしばらくは居させてもらって、士郎に守って貰おうかと思ってるのよ。何しろ年頃の女の子が一人暮らしなわけで、やっぱり怖いからね」

そう言って、姉は先輩の顔を覗き込んだ。

「士郎も、か弱い私を無理に追い出したりしないよね?」

何をいけしゃあしゃあと!

姉さんはちっともか弱くありません!

今この街で姉さん以上に強い人なんていやしません!

そう言いたいのをぐっと堪えて先輩の答えを待ったのだが。


「ああ、そうだな。俺も凛が居てくれる方が心配ないし、嬉しいよ」


はぁ。先輩はこういう人だった。

自分を頼る人を突き放すなんて、そんなことは絶対にしない。

それが先輩の魅力の一つでもあるのだからやっかいだ。

こうなったら、私のとる方法も簡単だ。

「ならば私もこの家に居ます!」

「なっ、何言ってるのよ、桜!?」

「だって、遠坂先輩が一人暮らしで心配なら、私だって兄さんが入院して一人暮らしをしている今は心配ですよね?。ならば先輩を頼ってもいいですよね?」

そう言って、両手を胸の前で組んで、祈るようにして先輩を見つめる。

我ながら少しわざとらしいと思いつつも、先輩には効果が大きいはず。



案の定、先輩はあっさりと頷いてくれた。

「そうだな、桜も慎二が戻ってくるまでは心配だよな。それなら遠坂と同じように、ウチに来るか?」

「ハイ!」

「何勝手に決めてるのよ!」

思わずガッツポーズさえしそうな私を無視して、姉さんは先輩を睨み付けていた。

「勝手って・・・遠坂は桜が心配じゃないのか?」

「このウチに入れるほうがよっぽど心配よ!。桜は慎二の看病をしなくちゃいけないんだし、むしろ病院に寝泊りした方が安心じゃない」

「いや、それはどうかと思うぞ。大体病院は・・・」

「黙りなさい!」

そこで姉さんは肩を怒らすと、信じられないようなことを叫んだ。


「士郎は私のモノなんだから、勝手に決めるな!」


嘘。


嘘ですよね?


嘘ですよね、先輩???




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