Everyday I'm looking for a rainbow. |
life-prolonging | EPISODE:03 2004.07.02 | |||
ガヤガヤと。 教室の中は既に放課後の喧騒に包まれている。 ここは浅上女学院。 名門中の名門とうたわれ、各界の淑女が集まる場所。 だが、現実はというと・・・ 「よぉ、遠野。今日は何時にも増して不機嫌だったな!」 「どうしたの、秋葉ちゃん」 「別に私はどうもしていないわよ」 「え〜、秋葉ちゃん、今日はぷんぷんしてたよ〜。下級生が『怒った顔もステキです!』とか言ってたもん」 三澤羽居、通称羽ぴんの一言で、秋葉は脱力したように机に突っ伏した。 「あはは、羽居にかかっちゃ、凛々しい秋葉様も形無しだな」 笑う蒼香をキッと睨みつけ、秋葉は苛立ちを抑えてなんとか体を起こす。 そしてまるで恨みでもあるかのようにぎりっとカバンを掴むと、さっさと席を立った。 「それでは、お先に失礼しますわね」 それだけ言うと、話はこれまでとばかりに、出口に向かう。 「あ〜、秋葉ちゃん、お兄さんによろしくね〜」 その一言に一瞬硬直したものの、振り返ることなく秋葉は教室を出て行った。 「あーはっはっはっ、羽居、追い打ちかけてどうするんだよ」 教室からは、蒼香の笑い声がいつまでも響いていた。 | ||||
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「まったく、あの二人にも困ったものね」 車の中で、秋葉は軽くため息をついた。 「もっとも、それ以上に困った方がいるのだけれど」 視線をぼんやりと窓の外に向ける。 その憂いた表情は、年相応の本来の少女らしさを際立たせている。 だが、それを見ているのは、窓の外に漂う夕日だけ。 「琥珀の言う事はシャクだけど、少しぐらいは素直になった方が良いのかしら?」 窓から差し込む陽に顔を赤く染めながら、秋葉は前よりも深くため息をついた。 「この街に、こんなに夕日が奇麗な所があるなんて知りませんでした」 「そう。気に入ってもらえて嬉しいわ」 「よく気が付きましたね。普通の人にはまずわからない場所ですよ」 そう言って、志貴は少し錆付いたパイプ椅子に腰掛けた。 隣の魔法使いは、塗装が所々剥げてしまったロングチェアに優雅に寝そべっている。 「もっとも、普通の人が足を運ぶ場所ではありませんけどね」 そこは、街外れとも街の中心部のどちらともいえないような、ひどく中途半端な場所にあるビジネスホテル。 正確には、ビジネスホテルだったもの。 もっと状況を正しく言うとするならば、まさしく廃墟。 もう何年も放置されているらしく、至る所でガラスが割られ、窓からは薄汚れたカーテンがたなびいている。 これがうっそうとした森の中にあるのならば有名な心霊スポットにでもなりそうだが、なまじっか街中にある分、愛好者の興味も引かないらしい。 それをたまたま通りがかった青子が見つけ、ちゃっかりと我が家のように使っていた。 何故この潰れたホテルにいるのか志貴が尋ねたところ、青子は『タダだしね。持ち合わせがあんまりないし』と答え、日頃からやりくりに苦労している志貴を苦笑させていた。 「それで、先生は何故ここに来られたんです?」 何も遮るものが無い屋上で、夕日をまぶしそう片手で遮りながら、志貴はまるでビーチにいるかのようにサングラスをかけて寝そべる青子に顔を向けた。 「野暮用で近くに着たら、ちょうどあなたの事を思い出してね。ちょっとぐらいは教え子の顔を見ていこうかと思って」 志貴は、穏やかな笑みを浮かべたまま、何も言わない。 ただ、その瞳が、充分に感謝の気持ちを伝えていた。 「それに、ちょっと気になったこともあってね」 「気になったこと、ですか?」 「そうよ」 そう言うと、青子は軽く手を振って、志貴を呼び寄せた。 志貴はいぶかしげに思いながらも、青子の方に顔を近づけた。 すると。 「ちょ、ちょっと先生!」 ひょいと、青子は志貴の眼鏡を取り上げてしまった。 その瞬間、ズキッと重い頭痛か、志貴を襲う。 「くっ・・・」 予期せぬ事態に、疑問すら思い浮かべることなく、志貴は目を閉じた。 だがやはり心構えが無かった分だけ、体が追いついていかなかったらしい。 ましてやここはいつ倒壊してもおかしくないような廃墟。 眼鏡を取られた瞬間に志貴の目に飛び込んできた死の線は、まさに視界を埋め尽くすほど縦横無尽に走っていた。 それ思い返した瞬間、閉じていたはずの志貴の視界は赤く染まって――― すっと、優しい暗闇が彼を迎えていた。 鼻腔からは草原を流れるような、風のにおい。 まるで、母の胸に還るような、そんな心地よさ。 「なっ、なんで?」 そこで初めて、志貴は自分が青子の胸に抱き寄せられているのに気が付いた。 驚いて顔を上げようとする志貴を、青子は彼の頭抱えるようにして制した。 「いいからじっとしていなさい」 「だ、だけど・・・」 「大丈夫。別に取って食いやしないわよ」 それを聞いて、ようやく志貴は顔を上げようとするのをやめた。 「いい子ね。しばらくそうやっておとなしくしていなさいよ」 「いい子って、もうそんな歳じゃないですよ。こうしていると、先生の方こそなんだか母親って感じがします」 「何言ってるの。私の方こそそんな歳じゃないわよ」 そして、どちらからともなくクスクスと、あたたかい笑い声がこぼれた。 秋葉は門の前で車を降りると、出迎えた琥珀にカバンを渡した。 「それで、兄さんは戻ってきたの?」 「いいえ。普段でしたら、もう学校から戻っている時間なのですけどね」 そう言って、琥珀は何も知らないかのように、う〜んと頬に手を当てて首をかしげた。 そんな琥珀の様子に、秋葉はそれまでの殊勝な悩みはどこへやら、徐々に苛立ちが募っていった。 「まあ、志貴さんも色々寄るところがあるようですからね」 キッと、秋葉の視線が鋭くなる。 とっさに思いつく寄り道先といえば、数えるほどしかない。 そのいくつかは、秋葉にとって近寄りたくも無い場所。 志貴には真っ直ぐ帰ってきてほしいからこそ、余計なこずかいも与えていない。 しかしそんな想いをよそに、志貴は毎日のように誰かに捕まっては、秋葉より遅く帰ってくるのだった。 遅く帰ってくることは、つまり秋葉と過ごす時間が減るということ。 (やっぱり、兄さんにも車を付けて送り迎えさせようかしら) 秋葉は、あらぬ方向を睨みつけながら、どんどんと悩みに埋没していった。 そんな秋葉を微笑ましく見つめながらも、わざとらしく琥珀はぼそっと呟いた。 「今ごろ志貴さんは何をやっているんでしょうね〜」 「あれ、遠野君は居ないんですか?」 背後から突然かけられた言葉に驚き、秋葉は慌てて意識を戻した。 そして背後を振り返ると、そこには何時の間にか眼鏡をかけ、秋葉とはまた違った雰囲気での落ち着きを備えた女性が立っていた。 「こんばんわ、シエル様」 「こんばんわ、琥珀さん。それに秋葉さん」 琥珀とシエルは、ニコニコと挨拶を交わした。 一方で、秋葉はそれまでの不機嫌さを隠そうともせず、ぶすっとした表情でこの予期せぬ訪問者を迎えていた。 「ところで、遠野君はどうされたんですか?。今日は学校に来ていなかったので、心配で来ちゃいました」 「あら、わざわざ兄のためにありがとうございます。ですが、あいにく兄は不在ですので、お引き取り下さい」 「不在って、どこに行かれてるんですか?」 「それをアナタに言う義理はありませんわ」 それだけ言うと、秋葉はさっさと門を入って屋敷の方へと足を進めた。 「それが、志貴さんは朝から姿が見当たらないんですよ」 「琥珀!」 慌てて振り返ったが、琥珀は全く気にせず続けた。 「気を悪くしないで下さいね、シエル様。秋葉様は志貴さんのことが心配で、ちょっと気が立っているんです」 「何を言っているの、琥珀!」 秋葉は余計なことをと言わんばかりに、琥珀を睨みつけた。 だが、その顔は羞恥のせいか、ほんの少し赤く染まっていた。 だがそれを悟られまいと、秋葉はバッと髪をかきあげて、シエルに冷たい目を向けた。 「大方、どこかの物騒な物を持ち歩いている方が、兄さんの人の良さに付け込んで、余計な事に首を突っ込ませているに決まっていますわ」 「いえ、最近は驚くぐらい平穏で、遠野君と一緒にいる時間が減ってつまらないぐらいなのですが」 それを耳にして、秋葉の視線には、志貴なら愛想笑いを浮かべてそそくさと逃亡してしまうほどの殺気が篭った。 だが、そんな視線を気にするふうでもなく、シエルはちいさく首をかしげた。 「朝から、ですか・・・」 そこまで言って、シエルは顔をしかめた。 「朝から遠野君を引っ張っていくなんて、そんな非常識なことをするのは」 お互いに顔を上げる。 視線が絡み合い、両者は同時に頷いた。 「あの泥棒猫!!!」 「あのアーパー!!!」 その言葉には、まるで呪詛が篭っているかのような重みがあった。 普段なら決して交わることのない二人に、奇妙な連帯感が生まれた。 それはある種の奇跡的な事象であり、そばに居た琥珀も『これは志貴さんにも見せてあげたかったですね〜』などと心の中でつぶやいた。 だが、その雰囲気をあっさり壊すかのように、二人の背中にな陽気な声がかけられた。 「やっほー、妹。それに、シエル〜」 | ||||
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