Everyday I'm looking for a rainbow. |
虹がおりる丘 | EPISODE:1-03 2003.02.17 | |||
ゆっくりと椅子に腰掛けて、壁のメニューを見る。 すると、頼みもしないのに、目の前にティーカップが置かれた。 「・・・?」 「どうせソレだろう?」 レモンの良い香りがする。 いつものレモンティ。 確かにこの店に来ると、いつもレモンティばかり飲んでいる気がした。 「まあいいや」 俺は肩をすくめると、ティーカップに口を付けた。 | ||||
| ||||
あれから足早に教会へは来たものの、教会はミサの真っ最中。 さすがにこの時間では、シスター・フローレンスと話をするわけにいかない。 とりあえず、教会の側にある喫茶店で一息つくことにした。 そして、今朝の出来事を落ち着いて振り返ってみる。 (整理すると・・・孤児院から女の子が3人来た。) 「・・・実はそれだけのことか?」 「何がそれだけなんだ?」 気が付くと、店のマスターが、自分の前でグラスを拭いていた。 マスターの名はアレクシウス。名前の通り、ギリシア神話にに出てきそうな、彫りの深い、立派な顔立ちをしている。 立派なあご鬚を蓄え、体つきもがっちりしており、喫茶店のマスターというよりはガードマンといった感じだ。 もっとも、以前は割と著名なテノール歌手だったと聞いて、それなりに納得してたりもする。 (黒田節とか歌わせたら面白そうだけどなあ・・・) 「何か失礼な事考えて無いか?」 「いや、別に」 「ならいいんだが」 ふぅ、あぶないあぶない。このマスター、何気に非常に鋭かったりする。 自分は割と考えを表情に出さない。 意識して出さないようにしている訳ではなく、単に出ないだけのこと。 その反面、思ったことが割と簡単に口をついてしまう。 さっきの独り言が、その良い例かもしれない。 「それで、何か悩み事か?」 マスターは相変わらずグラスを磨きながら、視線だけをこちらに向けている。 「まあね。予想外の事が起きて、対処に困っているところ」 「ま、たまにいいだろ。悩むのもな」 「そう?オレは平穏な生活が送りたいんだけど」 「平穏ってのは、悩みが無いって事じゃないぞ。悩めるだけ平穏ってことだ」 「何それ?」 「平穏じゃ無ければ、悩む余地も無いって事だ」 ・・・言われてみればそんな気もする。選択肢があるだけ、まだ良いのかも知れない。 例え結果が満足のいくものでは無くとも、自分の選んだ道であるなら、きっと納得できるだろう。 「で、悩みのネタは何だ?」 「・・・シスター・フローレンス」 「無理だ」 ガクッ。 「無理ってなんだよ!」 「お前じゃ勝てねえ」 「別に勝負してるわけじゃ・・・」 「向こうは百戦錬磨だ。お前も要領は良さそうだが、シスターの経験と頭の回転の速さを上回るのは無理だな」 (言われなくてもわかってる! ) 俺は心の中で毒づいたものの、反論することは出来なかった。 「まあ、気にするな。とりあえず、こいつでも食って元気出せ」 そう言うと、マスターは出来たてのドーナッツを出してくれた。 (ああ、こんな時なのにマスターの作るドーナッツは美味しいなあ。) なんだか、取調室で年配の刑事にカツ丼を出された心境になった。。。 ドーナッツを食べ終わった頃、喫茶店には続々と客が入ってくるようになった。 どうやらミサが終わったらしい。 俺はマスターに軽く挨拶をすると、喫茶店を出た。 そして、その足で再び教会に向かった。 教会につくと、講堂で、聖書を抱えたロバートソン神父と会った。 神父は自分に気が付くと、軽く手を上げた。 「今日はどんな御用ですか」 「シスター・フローレンスにお会いしたいのですが」 「ああ、彼女なら先ほど自分の部屋に戻りました。彼女が何か?」 「あ、いえ。ちょっと相談したいことがありまして」 「そうですか。では、私は片付けがありますので。貴方にも神のご加護がありますように」 そう言って、神父は奥に通じる廊下に消えていった。 あの様子だと、シスターが自分のところに3人の孤児を寄越したことは知らないようだ。 (なんか、あの神父とシスターの関係も、よくわからないな。) 今回の孤児院の件もそうだが、シスターは非常に現実的だ。 神の僕(しもべ)として、自分が出来る最大限の事を人にする。 人の喜びを自分の喜びとし、人に奉仕していると思う。 それに引き換え、神父はどこか非現実的な気がする。 神に祈り、神に救いを求める。人に何かをするのは神であり、あくまで自分はそれを導く存在でいる。 いわば、神に奉仕していると思う。 どちらが良いのかは、それこそ「神のみぞ知る」と言ったところだろう。 消えていく神父の背中を見ながら、ふと、自分は後者の世話にならないだろうと思った。 そんな事を考えているうちに、シスターの部屋の前まで来た。 トントン。 「どうぞ」 その声に、俺は扉を開けた。 部屋に入るなり、俺の方から問い掛けた 「あれは何です、シスター?」 「そろそろ来ると思っていたわ」 シスターは机の上の書類から手を離し、こちらを向いた。 「少しは落ち着いたかしら?」 「それも計算ずくですか。全く貴女は凄い人ですね」 どうやら、自分が慌ててシスターの所へ来ることも、その時間はミサで一旦頭を冷やそうとすることも、いわば彼女の思い通りらしい。 だからと言って、彼女のマリオネットになるのも、少々面白くなかった。 「でも、どういう理由かは聞かせてください。自分にとっても、彼女達にとっても、きっと大切なことだから」 「そうね」 うなずくと、シスターは突っ立ったままの俺に、座るよう促した。 | ||||
Prev | Up | Next |