Everyday I'm looking for a rainbow. |
虹がおりる丘 | EPISODE:1-04 2003.03.20 | |||
シスターは机の上の書類から手を離し、こちらを向いた。 「少しは落ち着いたかしら?」 「それも計算ずくですか。いやはや、どう対処したものやら」 どうやら、自分が慌ててシスターの所へ来ることも、その時間はミサで一旦頭を冷やそうとすることも、いわば彼女の思い通りらしい。 が、だからと言って、彼女のマリオネットになるのも、少々面白くなかった。 「でも、どういう理由かは聞かせてください。自分にとっても、彼女達にとっても、きっと大切なことだから」 「そうね」 うなずくと、シスターは突っ立ったままの俺に、座るよう促した。 | ||||
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シスター・フローレンスの部屋には、普段シスターが執務の際に使う事務机が一つ。 それにもう一つ、来客用の小さな丸テーブルがある。 自分とシスターは、その小さな丸テーブルを挟んで、向き合って座った。 「ハーブディーでいいかしら?」 「あ、はい」 手馴れた手つきで、シスターはティーカップを2つ並べ、ティーサーバーから紅茶を注いでいく。 やがて、シスターの部屋は、甘い香りにつつまれた。 「なんかリンゴのような香りですね」 「カモミールよ。心をリラックスさせるわ」 二人とも、黙ってカップに口をつける。 一時の静寂。 そして、シスターの方から切りだした。 「驚いたでしょう」 「ええもう、シスターの予想通りに」 そう言って俺は苦笑した。 「もっとも、それ以上に、自分の所に来た3人の女の子が驚いていると思いますが」 「そうね、あの子達にも言ってなかったから」 「全く、なんでそんなことしたんです?」 「面白そうだったから」 「・・・はっ?」 「ふふふ、ちょっとしたイタズラよ」 俺は深く深く溜息をつくと、がっくりと天を仰ぐしかなかった。。。 「まあ、彼女達を寄越すのに何もおっしゃらなかった事は良しとしましょう。それで、何故俺が返事をする間もなく、彼女達を寄越したんです?」 「少し猶予期間を作りたいと思ったからよ」 「猶予期間ですか?」 「ええ。あなたにとっては、試用期間のようなものかしら。あなたがあの子達を雇うかどうかは、しばらく彼女達の働きぶりを見て、決めてくれればいいわ」 「確かに、普通の小さな会社では、まず仮採用して適性を見たりしますからね。それについては異存無しです」 「そう。それから、あの子達にも、猶予期間を与えたかったの」 「それは俺が雇い主に足る人物か見極める期間ですか?」 意地悪く質問を返したが、シスターはにこやかに返してきた。 「私がこの孤児院の子供達を、信頼できない人のもとにやると思う?」 「俺は信仰心薄いですけどね」 「そうね。それに、ちょっと裏通りで遊んでいるとか言う噂も聞くわね」 「・・・っ!」 俺は思わぬ反撃を食らって、うめいてしまった。 なんとなく、喫茶店のマスターのアレクシウスが笑っている姿が、脳裏に浮かんできた。 (マスター、アンタの言ったとおりだよ・・・。) シスターは固まっている俺の様子を見て、やれやれといった感じで首を振った。 「まあ、それはともかく、あなたの問題では無いわ」 「ならどうして?」 「カワサキさん、あなたは家族以外の人と暮らしたことある?」 「無いですね。一人暮らしは今してますけど」 「そう。それじゃあ、赤の他人と暮らすという事が、どういうことかわかるかしら」 「・・・いえ。ただ、窮屈そうな気はします」 「確かに、慣れない内は窮屈ね。でも、自然とお互いの領域みたいなものが出来上がってきて、そこに踏み込まなければ、それは解消されるわ」 「まあ、確かに慣れればそうかもしれません」 「誰かと一緒に暮らすことで、一番大事なのは何だと思う?」 「生活習慣、ですか?」 「もちろん、生活習慣が合えばいい事だけれど、それは違うわ。生活習慣は、無理に合わせる必要が無いもの」 「そうなると・・・何です?」 「好き嫌い」 俺は目をしばたたかせた。 「あら、これが一番大事な事よ。あなたは嫌いな人と一緒に暮らせる?」 「無理ですね」 即答した。 「マイペースなんで、好きな人とですら一緒に暮らせるかどうか」 「それはどうかと思うけど」 そう言って、シスターは苦笑いを浮かべた。 「確かに、好きな相手でも、一緒に暮らしてみると、色々とそれまで見えていなかった事がわかってきて、嫌いになることもあるのよ。だからこそ、猶予期間が必要なの」 「なるほど」 良く考えたら、この猶予期間は、自分にも当てはまるのではないだろうか。 孤児院から来た3人は、「自分と」暮らすのである。 従って、自分の好き嫌いも大事なことだ。 (そこまで気が回らなかったな・・・) 正直言って、シスターが人を寄越したら、ただ受け入るしか無いだろうと思っていた。 この街に来て、どれほどシスターの世話になったのだろうか。 その恩を考えると、自分はシスターの頼みを断ることなんて出来やしない。 どこか諦めている自分がいたのかもしれない。 この猶予期間に、シスターはもう一つの意味も込めているのだろう。 (この間に、覚悟を決めろってことか。) 黙ってしまった俺に、シスターは口を開いた。 「わかってもらえたかしら」 「ええ、なんとか」 「それなら良いわ。あまり肩に力を入れず、自然にあの子達に接してあげてね。そうすれば、自ずと答えは出てくるでしょうから」 「俺もそう思います」 そう言って、残っていたハーブティを飲み干す。 そして、席を立った。 「それじゃ、今日はこの辺で」 「また何かあったらいらっしゃい。前も言ったけれど、特に私からお願いしていることだから、何時でも相談に乗るわ」 「そうします」 俺はゆっくりと扉を開けて、シスターの部屋を出た。 そして一礼し、扉を閉じようとした。 その時、シスターが再び口を開いた。 「一つ、大切なことを言っておくわね」 「なんです?」 「私があの子達を、あなたの元へ送り出したんじゃないの」 「はい?」 「あの子達が、あなたの元に行くことを望んだの。それを忘れないでね」 | ||||
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