Everyday I'm looking for a rainbow. |
虹がおりる丘 | EPISODE:1-05 2003.05.09 | |||
「一つ、大切なことを言っておくわね」 「なんです?」 「私があの子達を、あなたの元へ送り出したんじゃないの」 「はい?」 「あの子達が、あなたの元に行くことを望んだの。それを忘れないでね」 | ||||
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「さて、どうするかな」 俺は街の大通りを気まぐれに歩きながら、小さく呟いた。 シスターの元を辞してから、なんとなく真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。 どこかで自分の頭を整理したい。そう思った。 特に、これから自分がどうあの3人の少女達と接すれば良いのか、落ち着いて考えてみたかった。 とはいえ、またアレクシウスの喫茶店に行く気にもなれない。 (この顔を見たら、「ほらシスターにはかなわなかっただろう?」と得意げな顔をするだろうしな。) そんな事を考えながら歩いていると、いきなりシャツの後ろを引っ張られた。 「うわっ!」 「あはは、驚きすぎ〜」 振り向くと、屈託無く笑う女性の姿があった。 「なんだ、イレーネか」 「なんだとはご挨拶ね」 笑顔から一変、眉間にしわを寄せたその女性の名はイレーネ。 俺がこの街についた時に、最初に知り合った女性だ。 表情がころころ変わり、喜怒哀楽をはっきり出すので幼く見られがちだが、確か自分より2つ3つ年上だったはず。 やや頬を膨らますような感じでこちらを睨んでいる姿からは、年上の威厳が微塵も感じられない。 (シスターといいイレーネといい、年齢不詳な女性が多いな。) 「・・・何かロクデモ無いこと考えてるでしょ?」 「ああ。今までの悩みを忘れるぐらい余計なことを考えてしまったよ」 「あら、やっぱり悩んでたのね。ほら、お姉さんに話してみなさい。すっきりするわよ」 イレーネは、獲物を見つけた猫の目をしている。 どうやら話すまで、逃がしてくれることは無さそうだ。 (まあ、イレーネに話してみるのもいいか。) 俺はそう決めると、肩をすくめた。 「それじゃ、場所移そうか」 「あれ、珍しく素直に観念したね。それじゃあ、テレサの食堂に行きましょうか」 そう言うと、イレーネは腕を組んできて、俺を引っ張るように歩き始めた。 彼女が腕を組むのは、もう癖のようなものらしい。 初めて会った時もそうだった。 俺は、汽車に乗って宛ての無い旅をしていた。 旅とは、一時的に故郷を離れること。 俺は、当面故郷に戻る気は無かった。 だから、実際には旅というものではなく、ただ居場所を求めて放浪していたようなものだった。 そんな時、車窓から見たこの街が何となく気に入り、きょろきょろしながら街を歩いてみた。 すると、見知らぬ女性にシャツを引っ張られた。 とまどいつつ、何か用かと尋ねると、 「今、ヒマ?」 という返事が返ってきた。 特にやることも無かったので、暇だと答えた。 彼女はそれを聞いてニッコリ笑うと、いきなり腕を組んできた。 そして、彼女が働いている小さな法律事務所に連れて行かれた。 気が付くと、その事務所で働いている自分がいた。 今はもうその事務所は無く、彼女と一緒に働いているということも無い。 今、彼女は一人で働いている。 シスターとは対極の所で。 (そして俺は、そんな彼女を責める気も無いしな・・・) 「今日はなんだか考え事が多いわね」 そう言われて気が付くと、すでにテレサの食堂の前に来ていた。 そして彼女はニコニコしながら腕を解くと、先に店の中に入っていった。 俺は考えることを中断し、彼女に続いて店の中に足を踏み入れた。 「それで、何を悩んでたわけ?」 注文を済ませてから、イレーネが聞いてきた。 好奇心旺盛とは、まさの彼女のことを指すのだろう。 だが、彼女は興味半分で物事を聞くことはしない。 どんなことでも一生懸命であり、人の話も熱心に聞く。 だから、ついつい色々な事を語ってしまう。 思い返すと、色々語ったことに対して、彼女から有益なアドバイスを貰えた事は無かったかもしれない。 だが、それで良かった。 大抵の場合、溜めておいたものを吐き出してしまうだけで、それなりにすっきりしてしまうもの。 対応は、すっきりしてからでも遅くは無い。 俺は正直に話す事にした。 「聖ブリジット教会から、人を雇って欲しいと言われてるんだ」 「へえ、お手伝いさん?」 「そんな感じかな。しかも、3人も」 「どうして3人なの?」 「俺にもわからない。突然女の子が3人もやってきて、シスターに言われたから雇われます、なんて事を言ってきてるんだ」 「えぇぇ、もう来てるの!」 流石に驚いたらしい。 「それで、その3人はどうしたの?」 「とりあえず、家に置いてきた」 「置いてきたって・・・相変わらず、動じないわね」 「動じないんじゃなくて、どうにも対処のしようが無くてさ。さっきシスターの所に顔を出してきたけど、断れるような状況じゃなかった。今は、あるがままを受け入れるしか無いかな」 「それはまた、何と言っていいのかわからないねえ」 イレーネの表情は、驚きから、やや呆れたような感じに変わっていた。 「それに、あるがままじゃないでしょ。思いっきりシスターの思い通りになってるじゃない」 「まあ、シスターが何を考えているのかわからないけど、これからシスターの思い通り動くかどうかは、また別の話さ」 「それはそうだけど・・・」 イレーネはやや不満げな表情を見せた。 シスターとイレーネは、どうも合わないらしい。 決して仲が悪いというわけではなく、何か相容れないものがあるようだ。 神を信じながら、現実を見据えているシスター。 神を信じず、夢を信じて行動するイレーネ。 考えてみれば、面白い取り合わせなのかもしれない。 「その子達は、どう思っているんだろうね」 「どうなんだろう。ほとんど面識の無い子達で、まだ会話も出来ていないし」 「とりあえず、話を聞いてみることね。それに、タダシは意外と家事が苦手だから、丁度いいんじゃないかしら」 「家事なんて、一通りできればなんとかなるんだけど」 「二通り、三通りできると、結構変わってくるものよ」 そう言われたところで、今一つピンと来なかった。 それを悟ったのか、イレーネは続けた。 「例えば、家で食材を食べるのか、それとも美味しい料理が食べれるのかっていうこと。それが、一通りしか出来ない人と、二通り、三通りできる人の違いね」 「なるほど」 確かに、料理は一通りできる。焼くこと味付けぐらいなら。 二通り、三通りできれば、煮ることも蒸すこともできると。 料理に限らず、物事の幅が広がるのは、結構嬉しいことかもしれない。 「やっぱりイレーネに話して良かったよ」 「でしょう?。だから、もっとネタがあったら持ってきなさいよ」 「ははは、そうするよ」 そう言って、俺は席を立った。 イレーネも席を立つかと思ったが、その気配は無い。 どうした?と目で問い掛ける。 すると、イレーネはにっこりと笑った。 「お礼に、デザートも付けてくれたりするよね?」 カワサキは会計を済ませ、テレサの食堂を出て行った。 イレーネは手を止め、その後姿を、じっと見つめていた。 「・・・羨ましいなあ。私にもっと勇気があれば・・・できたのかも」 彼女の呟きは、他の客の雑音にまぎれて、誰にも届かなかった。 | ||||
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