Everyday I'm looking for a rainbow. |
虹がおりる丘 | EPISODE:1-06 2003.05.22 | |||
カワサキは会計を済ませ、テレサの食堂を出て行った。 イレーネは手を止め、その後姿を、じっと見つめていた。 「・・・羨ましいなあ。私にもっと勇気があれば・・・できたのかも」 彼女の呟きは、他の客の雑音にまぎれて、誰にも届かなかった。 | ||||
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イレーネと別れた後、俺は街の南側にある、小高い丘に登った。 テレサの食堂から、歩いて15分ほど。 街を一望できる、小さな丘。 そこは、俺がこの街で、初めて虹をかけた場所だった。 「ふぅーーー。運動不足かなあ」 俺は、大きく深呼吸して、動悸を静める。 それから、頭の下に腕を組んで、丘の芝生の上に寝転がった。 そして、目を瞑った。 『この世に生まれた最初の職業は、娼婦と占い師だとはよく言われたことです。』 そんな言葉が、頭をよぎった。 さっきまで見ていた、イレーネの笑顔と共に。 イレーネがなぜ、今の生き方を選んだのかはわからない。 だが、夢を持っているのは間違いない。 一方、今の自分には、これといった夢が無い。 決して退廃主義者では無いが、今は自分の夢を探そうという気概も無い。 そんな自分は、どんな時でも夢を忘れずに笑顔を浮かる彼女を、ただ眩しく見つめているだけ。 自分は、これからどうすべきなのだろう。 (さし当たって、目の前の問題を解決するのが先だけどな。) 俺は苦笑しつつ目を開けた。 太陽は空の頂点を過ぎ、やや西に傾いている。 雲は薄く、綺麗な青が空を塗りつぶしている。 そんな青空に手を伸ばす。 そして、ゆっくりと、体の奥底から、力を込める。 空にぼんやりと、アーチがかたどられる。 そのアーチの内側が、徐々に彩られていく。 15分ほど経つと、丘の上には綺麗な虹がかかっていた。 両手から力を抜き、出来上がった虹と、青い空を眺める。 それまで一面の青だった空に、一つのアクセントがついた。 それが、空の青さを一層際立たせている。 俺はその眺めに満足すると、全身の力を抜いた。 やや汗ばんだ体を、そよ風が冷ましていく。 やがて、そよ風に誘われるように、ゆっくりと眠りの世界に落ちていった。 「だいたいこんなところかしら」 部屋を見渡して、メアリーは満足そうにうなずいた。 「充分でしょう。見違えるように綺麗になったと思うわ」 部屋の隅々まで目を走らせながら、キャロラインも同様にうなずく。 一方、エレノアだけは、すっかりあきれ果てた表情を浮かべていた。 「充分過ぎて、タダシさん、自分の家だって気付かないんじゃないかしら」 「何言ってるの、エリー。私達の実力を見てもらう、良い機会じゃない。今日のタダシさんの様子だと、私達がここにいられるかどうかわからないでしょ。だったら、私達からアピールするのも大事なことよ」 「それはそうだけどさ」 キャロラインがしたり顔で言うが、エレノアは今ひとつ納得していない様子。 「メイの場合、単にはりきって掃除してただけでしょ」 「エリーもそう見えたけど?」 そう言って、メアリーがくすくすと笑う。 エレノアは真っ赤になって口を尖らせた。 「うっ、うるさいわね。いいじゃない。キャリーもそうなんでしょ」 「ええ、実は理由なんて、とっさに思いついただけなの」 「なーんだ、結局みんな一緒ってことね」 3人は顔を見合わせると、こらえきれなくなったように笑い始めた。 「それにしても、タダシさん遅いね」 ひとしきり笑った後、エレノアがそう切り出した。 「シスターに言い負かされて、どこかでふててるんじゃないかしら」 「確かに、ありそうな話ね」 キャロラインの話にうなずくエレノア。 しかし、メイは一人違う方向を見ていた。 「どうしたの、メイ?」 エレノアが訊ねると、メイはすっと窓の外を指差した。 エレノアとキャロラインが、メイの指差すほうへ視線を向けると、綺麗な虹がかかっていた。 「わぁ、キレイ!」 窓から身を乗り出すようにして、エレノアは驚嘆の声をあげた。 続いて、キャロラインも窓に歩み寄った。 「そうね。でも、なんで急に虹が出来たのかしら」 「あの虹は、タダシさんの虹よ。あの虹の袂に、タダシさんが居るの」 前髪をかきあげて、メイが言った。 「えっ、なんでわかるの?」 虹を見たまま、エレノアが驚いてたずねた。 「それは内緒。タダシさんの虹がわかるのは、私だけだもの」 そう言って、メアリーは口元をほころばせた。 その様子に、エレノアがくやしそうな表情を浮かべた。 「そんな余裕を浮かべていられるのも、今のうちよ。タダシさんには、いつか私のためだけに、虹をかけてもらうんだから!」 「その前に、ちゃんと雇ってもらえるかを心配した方が良いんじゃないかしら」 そう言って、キャロラインがエレノアを諭した。 しかし、エレノアは笑って答えた。 「それは大丈夫でしょ」 「どうして?」 「なんとなく」 「それじゃ理由になってないわよ」 「大丈夫でしょう」 「メイまで」 心配するキャロラインをよそに、エレノアもメアリーも、ずっと虹を見つめている。 やがて、キャロラインも、虹に視線を向ける。 そして、小さくつぶやいた。 「確かに、私達がここに来るのは、あの人に出会ったときから決まっていたことなのかもしれないわね」 それから3人は、じっと街外れの丘の上に浮かぶ虹を眺めていた。 目覚めると、辺りは赤く染まっていた。 空を見上げると、虹はもう無い。 代わりに、きれいな夕焼けが広がっていた。 (・・・明日も天気だろうな。) 軽く首を振って、ゆっくり立ち上がる。 そして、体についた枯葉を軽く払った。 「そろそろ戻るか」 俺はそう呟くと、家路を辿り始めた。 夕暮れ時の風は、やや肌寒さを感じさせる。 そのせいか、頭は随分とすっきりしていた。 (これから、どうなるのだろうか。) 彼女達3人を雇うのは、もう決めていた。そこに不安は無い。 あるのは、未知の世界への扉を開く、そんな好奇心だけだった。 そう、初めてこの街を訪れた時のように。 (なるようにしかならない。) それは、決して諦めの言葉ではない。 この世界には、人智を超えたものが存在する。 それは、偶然であり、奇跡であり、神秘である。 全てが思い通りに行くことなど無い。 だからこそ、人生は彩り豊かになるのだと思う。 今回の出来事も、そんな人生の彩りの一つ、そう捕らえることにした。 気がつくと、家の前に立っていた。 そして、ためらわずに、扉を開けた。 「ただいま」 「お帰りなさいませ」 その言葉に、思わず顔をほころばせた。 家に帰ると、誰かが待っていてくれる。 それがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。 独りで暮らすことに慣れていた自分にとって、誰かが待つということは、予想以上に心躍るものだった。 俺は、待っていてくれた3人に目を向けた。 3人とも、紺を基調にした長袖とロングスカート、それに白いエプロンのような物を身につけていた。 「・・・メイド服?」 「お気に召しませんでしたか?」 眼鏡をかけた、最も落ち着いた感じのする女性が、そう答えた。 「いや、お気には召しているんだけども、どうしたの?」 動揺しているのか、どうにも言葉遣いが間違っている気がした。 「シスターが餞別として下さった物です。ここで働く時の、制服みたいなものですわ」 「なるほど」 一見もっともらしい理由だが、シスターの目論みは違うのだろう。 いつかは覚えていないが、いつかはメイドさんをはべらせてみたいというようなことを、シスターに言ってしまった記憶がある。 そんな自分の嗜好を、シスターは覚えていたのだろう。 (一体シスターには、自分のどこまで知られているのやら。) シスターのほくそえむ顔が、目に浮かぶようだった。 ふと気がつくと、家の中が綺麗になっていた。 来客に備えて、玄関は多少きれいにしておいたのだが、今は塵一つないほどに仕上がっている。 「ありがとう、掃除してくれたんだね」 「この程度はたやすいことです。ご主人様」 「ご主人様???」 よくわからないが、何かとても偉くなったようで、凄く気分がいい。 (じゃなくて!) 「いや、普通に名前呼んでもらえればいいよ。そんなに偉いものじゃないしね」 「そういうわけにはまいりません。貴方はご主人様であり、私たちは主人に仕えるメイドなのですから」 そう律儀に返してくるのは、赤毛のショートカットの女性。 ちなみに名前は覚えていない。 (名前覚えるのは苦手なんだよね・・・。) 「メアリーです。メイとお呼び下さい」 察したのか、赤毛の女性がそう声をかけてきた。 「ありがとう、メイ。頼りない主人かもしれないけど、これからよろしくね」 そう言って笑いかけると、メイはやや頬を赤く染めて、首を横に振った。 「頼りなくなんてありません。ご主人様は誰よりも立派なご主人様です」 「そうですわ。私達はご主人様の事を信じてますから」 そう言って、眼鏡をかけた女性は、俺に真っ直ぐな視線を向けてきた。 「えっと・・・」 「キャロラインです。キャリーとお呼び下さい」 「私はエレノアです。エリーと呼んでくださいね」 今までにこにこと笑って自分を見ていた、ブロンドの、やや撥ねた感じのヘアスタイルの女性も、会話に入ってきた。 「ははっ、ありがとう。あまり人に誉められたこと無いから、ちょっとくすぐったいね。それから、シスターと話をして、3人とも雇うことにしたから。これからよろしくね」 「はい!」 女性達の声がハモった。 その明るい声を聞いて、今まで3人を雇うべきか悩んでいたことが、無駄なことだったように思えた。 (ご主人様って柄じゃないけど、彼女達と暮らすのは、思ったより悪くないかもしれない。) そんなことを考えていると、エリーが上目遣いにこちらを見つめていた。 「あのー、お願いがあるんですが」 「何?何でも言ってごらん」 そう言うと、エリーはわっと俺の足にしがみ付いてきた。 目には薄っすらと涙が浮かんでいる。 「な、何?」 「お腹が空きましたぁー!」 (・・・ハイ?) 「朝から何も食べてないんですぅ。ご主人様の食材を勝手に食べるわけにも行かず・・・」 そう言えば、自分はイレーネとしっかり昼食を取っていた。 彼女達は、どうやら昼食抜きで、掃除に勤しんでいたらしい。 「あー、ごめんごめん。俺、外で昼食済ませちゃったよ」 そんな俺に、エリーは恨めしそうな視線を向けてくる。 それに気圧されるかのように、俺はわざと明るい声をだした。 「それじゃあ、今晩は新しい生活の始まりを祝って、豪勢に行こうか!」 「わーい」 それまでとは一変し、エリーは諸手を上げて喜んでいる。 「エリー、はしゃぎ過ぎよ。それからご主人様、あまり無駄遣いはしないようにしませんと」 「キャリーは固すぎるのよ。いいじゃない、ご主人様がこう言ってるんだから」 「まあ、今日ぐらいはね。それと、お手柔らかにね、キャリー」 そう言うと、キャリーはまったくしょうがありませんね、と笑って返してくれた。 メイも、前髪で視線は隠れてしまっているものの、にこやかな表情を浮かべていた。 「それでは、食材の買出し行って来ます」 キャリーはそう言って、家を出て行った。 「手伝おうか?」 「何言ってるの。ご主人様はゆっくり休んでいてね。それから、私達の仕事振りを、とくとご覧あれ」 そう言って、エリーは笑いながら家を出て行く。 続いてメイも軽く頭を下げると、エリーに続いて家を出て行く。 (何か、忘れていたものを、思い出させてくれるかもしれない。) 俺は、楽しそうに談笑しながら買い物に行く3人の後姿を見つめながら、ふと夢のことを思い出した。 人は幼い頃から、夢を抱いている。それは、憧れと言ってもいいかもしれない。 だが、現実という舞台で、自分を演じているうちに、夢をどこか置き忘れてしまったり、無くしてしまうことが多い。 自分は、彼女達と過ごすことで、無くしてしまった夢を、取り戻せるのではないだろうか。 いや、本当の夢に出会えるのではないだろうか。 もちろん、何の根拠もない。 一度、エレノアがこちらを振り返り、大きく手を振ってきた。 俺は、小さく手を振り返しながら、これからの訪れる予想もつかない未来に、想いを馳せていた。 | ||||
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これで、第一部というか、導入編は終了です。 メインとなるキャラクターの顔見せがメインですが、いかがでしたでしょうか? 次は、日常編そのいちという形で、メアリー・キャロライン・エレノアの3人にスポットを当てて書いていこうと思います。 それはさておき。 この小説のタイトルは、このサイトのタイトルと同じです。 なぜなら、このサイトは元々この小説を書くために作ろうと思ったからです。 見てのとおり、このサイトはこの小説だけのサイトではありませんが、この「虹がおりる丘」という小説を柱としていますので、 この小説が続く限り、このサイトを続けていきたいと思います。 それでは、今後ともこのサイトを、そしてこの小説をよろしくお願い致します。 | ||||
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