Everyday I'm looking for a rainbow. |
虹がおりる丘 | EPISODE:2-01 2003.06.30 | |||
ガチャ! 窓を開ける。 ちょうど胸の辺りから、手を上へ一杯に延ばした辺りまで。 普通の家よりは大き目の、外開きの窓。 それを一杯に開けると、穏やかな春の風が吹き込んできた。 「今日もいい天気」 そう言うと、メアリーは空を見上げる。 毎朝空を見上げるのは、メアリーの習慣になっていた。 初めて虹を見た、あの日から。 「虹が映えそうな、いい天気」 メアリーは、穏やかに微笑んだ。 | ||||
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孤児院から3人の女の子が、虹を架ける能力を持った青年の元に引き取られた、最初の朝。 その屋敷は久しぶりに、朝から賑わいを見せていた。 台所から、ベーコンの香ばしい匂いが漂っている。 さらに食欲をそそるかのように、ジュージューと油の撥ねる音が響いてくる。 「キャリー、お皿を早く!こげちゃうってば!!!」 「はいはい、そう焦らなくていいから」 キッチンで好対照な動きを見せているのは、エレノアとキャロライン。 手際よく料理を仕上げていくエレノア。 その一方で、危なっかしげにキッチンとダイニングを往復しているキャロライン。 普段はキャロラインに諭されることの多いエレノアだが、こと台所では立場が逆転する。 一見活発過ぎてイメージにそぐわないが、エレノアは料理が大得意だ。 元々努力家でもある彼女の料理は、今では並みのレストランのシェフでは叶わない美味しさを誇っている。 一方、大抵のことはそつなくこなすキャロラインだが、家事全般を苦手としている。 決して不器用というわけではないのだが、体を動かす前にまず考えてしまう癖のあるキャロラインは、単純作業の積み重ねが多い家事全般が苦手であった。 「焦らないと、火が通り過ぎて固くなっちゃうのよ!」 口調はきついが、楽しそうにフライパンを返すエレノア。 キャロラインがお皿を差し出すと、そこに丁寧に盛り付けていく。 「はい、出来上がり」 そう言って、エレノアは満面の笑みを浮かべた。 するとそこへ、メアリーが顔を出した。 「いい匂いね」 「ちょうど出来上がったところよ」 「メイの方はもう済んだのかしら?」 「ええ。折角の天気だから、風通し良くして来たわ」 「それじゃメイも、お料理運ぶの手伝って」 エレノアがそう言うと、手近なお皿を取って、ダイニングへと運ぶ。 メアリーとキャロラインも、それに習って、お皿を手にダイニングへ向かった。 ダイニングテーブルに、湯気を立てた料理が並んだ。 「よしよし、ざっとこんなもんね」 料理を前に、エレノアは得意げな表情を浮かべた。 しかし、その料理を食べてくれるのを楽しみにしている相手は、まだダイニングには現れていなかった。 「ところでメイ。今日、タダシさんに会った?」 「いいえ。お部屋も静かだったし、まだお休みじゃないかしら」 「えー、まだ寝てるの。昨日、ちゃんと朝ご飯作りますからって言ったのに」 笑顔から一変、エレノアは口をとがらせた。 そんなエレノアを見てくすくすと笑うと、メアリーは言った。 「ちょっと様子を見てくるわ」 「様子を見るだけじゃなくて、起こして引っ張ってきてね!」 そんなエレノアの声を背に、メアリーはその屋敷の主の部屋に向かって、階段を上っていった。 コンコン。 「ご主人様、朝食の準備が整っております」 ・・・ 反応が無いことを確認すると、メアリーはそっとドアを開けた。 すると、彼女の予想通り、彼女の主人は、ベッドの上で規則正しい寝息を立てていた。 (どうしようかしら・・・) その穏やかな寝顔を前に、メアリーは悩んでしまった。 (タダシさんの安眠を妨げるのは忍びない。でも、ここで起こさないと、せっかく朝食を準備して、タダシさんが来るのを楽しみにしているエレノアが可愛そうね。) しばしの逡巡の結果、メアリーは、タダシが不機嫌にならないよう、そっと彼の肩をゆすった。 「ご主人様、ご主人様。今日は朝食を用意致しましたので、そろそろ起きて下さいませ」 そう言って肩をゆするが、タダシの寝顔は穏やかなまま。一向に目を覚ます気配は無い。 (どうしよう・・・) メアリーはほおに手を当てて考えたが、さしあたって妙案は浮かばなかった。 やがて、今度はもう少し強めにゆすろうと、タダシの肩に手を伸ばした。 すると、その手ががしっと掴まれた。 そして、体ごとベットに引き込まれた。 「えっ?」 メアリーは何が起こったのか把握できず、目を丸くして固まってしまった。 気が付くと、タダシの目が、ほんの少し開いていた。 だが、その焦点は合っておらず、どこかぼんやりとしていた。 「あ、あの、ご主人様?」 「ん〜、まだ早いんだから、もう少しオヤスミ」 驚くメアリーをよそに、タダシはメアリーの頭をぽんぽんと軽く叩くと、そのまま彼女を抱き寄せるようにして、再び穏やかな寝息を立て始めた。 (・・・寝ぼけて、孤児院の子供たちと間違えてるのね) 孤児院では、シスターが不在の時は、タダシが時々こうして子供たちをあやしていた。 予期せぬタダシの行動に、メアリーはくすっと笑った。 (でも、いつまでもこうしている訳にはいかないわね。) そんなメアリーの思考とは裏腹に、体は動かない。 どこかで、彼女はタダシの腕を振り払うのをためらっていた。 そんな葛藤を続けていると、眠気が移ったのか、メアリーのまぶたも徐々に下がっていった。 (暖かい・・・) そんな思考を最後に、メアリーの意識はゆっくりと、穏やかな闇に沈んでいった。 「おそい、おそい、おそいーーーーー!」 「着替えに時間がかかってるんじゃない?」 「それだったら、メイは先に下りてくるでしょ」 「手伝ってるかもしれないわ。あの子、世話好きだから」 ダイニングテーブルの前で、ふくれるエレノアをキャロラインがなだめていた。 しかし、料理から立ち上る湯気は、勢いを失いつつある。 流石にキャロラインも、おかしいと思い始めていた。 「ちょっと様子を見に行ったほうがいいかしら」 「私が行く!」 そう言うと、エレノアはエプロンをキャロラインに放り投げた。 「ちょっと!」 「キャリー、先に食べたら承知しないわよ!」 エレノアはそう言い残し、タダシの寝室へ向かって、階段を駆け上がった。 そして部屋の前まで来ると、強めにドアをノックした。 コンコン!コンコン! しかし、部屋からは何の反応も無い。 (変ねえ・・・) エレノアは首をかしげると、音を立てないように、そっとドアを開けた。 部屋には特に変わった様子は無い。 ベッドの上に、二つの頭がある以外は。 「・・・はい?」 エレノアは、思わず目をしばたたかせた。 そして、目をこすって、もう一度ベッドの上を見た。 「・・・二人とも、何やってるの!!!」 そんな台詞を追い越すかのように、エレノアはベッドに駆け寄ると、二人を猛烈な勢いで揺り起こした。 | ||||
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