Everyday I'm looking for a rainbow.
虹がおりる丘 EPISODE:2-02 2003.08.22


部屋には特に変わった様子は無い。

ベッドの上に、二つの頭がある以外は。

「・・・はい?」

エレノアは、思わず目をしばたたかせた。

そして、目をこすって、もう一度ベッドの上を見た。

「・・・二人とも、何やってるの!!!」

そんな台詞を追い越すかのように、エレノアはベッドに駆け寄ると、二人を猛烈な勢いで揺り起こした。





虹がおりる丘
- EPISODE:2-02 -






食卓には、微妙な空気が漂っていた。

相変わらず不機嫌なエレノア。

前髪で隠れてはいるものの、何気に視線を合わせようとしないメアリー。

そんな二人を困ったような顔で見つめるキャロライン。

(まいったな・・・。)

朝起きると、なぜか隣にメアリー、上にエレノアがいた。

どうやら半分寝ぼけていて、メアリーを孤児院の子供たちと間違え、寝かしつけたらしい。

それだけならともかく、目の前にはすっかり冷めてしまった朝食が並んでいる。

それも、かなり手の込んだ料理が多い。

エレノアの機嫌を損ねるのも当然だった。

「悪かったね、エレノア。ちょっと早起きが苦手でね。それに、今まで朝食は取らない習慣だったから」

「それは昨晩お聞きしました。それに、早起きが苦手なのは知ってますから」

取り付くシマも無い返事を返されてしまった。

助けを求めてキャロラインに目を向けると、苦笑したまま、料理の方に目配せをしてくれた。

(早く食べろということか。)

「それじゃあ、頂こうか」

そう言って、すっと料理に手を伸ばした。

何気にそっぽを向いていたエレノアが、ちらちらとこちらを伺っている。

俺は気がつかないふりをして、生ハムやレタスを挟んだベーグルを口にした。

「・・・美味しい」

「本当?」

「ああ、朝食なんてしばらく振りで、胃が受け付けないか心配していたけれど、これなら結構食べられそうだ」

「あ〜良かった」

そう言って、エレノアは満面の笑みを見せた。

「俺も良かったよ」

「何でですか?」

「エレノアの機嫌が直ってさ」

すると、エレノアは真っ赤になってそっぽを向いた。

メアリーもくすくすと笑っている。

「では、タダシ様。もうエリーの視線を気にせずに、ゆっくり食事をなさって下さいね」

「も、もう、キャリーまで!」

エレノアは不機嫌な表情を無理やり浮かべながら、食卓に上がった料理の数々を勧めてくれた。

ベーグルサンドの他にも、細かく刻んだベーコン入りのオムレツ、酸味を抑えたドレッシングをかけたサラダなど、どれも自分の好みの料理だった。

今までは昼間出かける用事が無い限り、朝食を食べることは無かった。

用事がある時や体調を崩したときだけ、クロワッサンに紅茶といった軽い朝食を取るようにしていた。

自分では、起き抜けに食事を取るのは体質に合わないなどと思っていたが、それは単なる思い込みだったようだ。

気が付くと、出された料理は綺麗にたいらげてしまった。

「ご馳走様でした」

そう言って、軽く頭を下げた。

「お粗末さまでした」

エレノアは満面の笑みを浮かべたまま、音を立てないようにゆっくりと、食器を片付け始めた。

(・・・食器を片付けてる?)

「あ、あれ、皆は食べないの?」

エレノアの笑顔が固まった。

キャロラインが目をしばたたかせた。

「あっ、私たちの分、作り忘れた!」

エレノアのその言葉に、メアリーががくっと肩を落とした。

「ははは。ちょっとは残せばよかったかな」

キャロラインの恨めしそうな視線を受けながらも、俺は笑いを堪える事が出来なかった。





〜 〜 〜 〜 〜






「どうぞ、ご主人様」

そう言って、メアリーが紅茶を入れてくれた。

「・・・ありがとう」

「どうされました?」

「えっ?」

「今、何となくですが、気になったもので」

(鋭いなあ・・・。)

俺は思わず舌をまいた。

物心付いた頃から、余計な事は顔に出さないようにしてきたし、実際にそう出来ていると思ったのだが。

今も特に顔をしかめたわけでもない。

しかし、メアリーの前髪の奥の瞳は、心配そうに揺れていた。

「ごめん、ハーブティーって苦手なんだ。ハーブティーが全部苦手な訳じゃないけど、ハッカっぽいのはちょっとね」

「す、すみません!」

そう言って、メアリーは盛大に頭を下げた。

「いや、そこまでじゃないだけど」

そう言った時、脇からさっと新しい紅茶が差し出された。

その香りからすると、どうやらダージリンらしい。

顔を上げると、そこには『してやったり』という顔をしたエレノアが居た。

「ご主人様、こちらをどうぞ」

「あ、ありがとう」

新しい紅茶をそっと口に含むと、紅茶独特の渋みと、ほのかな甘味が口の中に広がった。

「美味しいね、これは」

「少し蜂蜜を加えてあるんです。ご主人様は割と嗜好が甘いほうだし、健康にも良いんですよ」

「よく知ってるね」

「ええ、料理については全てこのエレノアにお任せください。ご主人様の好みは、完璧に調査済みです!」

そう言って、エレノアは腰に手を当てて胸を張った。

俺は思わず笑ってしまったが、ふと気づくと、キャロラインが苦笑しながら目配せをしていた。

視線をそっと目配せしたほうに向けると・・・メアリーが拳を握っていた。

何気に腕がプルプルと震えている。

相変わらず前髪に隠れて、その視線は伺えないが、おそらくその先にはエレノアがいるのだろう。

(・・・本当に平穏な生活が送れるのかなあ。)

どこからか、シスター・フローレンスの笑い声が響いている気がしてならなかった。



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